【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 四拾弐





 が、あのおかしな、懐かしいような感覚を感じ始めてから、数週間過ぎた。
 時折感じることがあるにせよ、前ほどではない。
 やはり、疲れていたのかもしれない。
 しかし、相変わらず会いたいという気持ちだけは、時に激しく襲ってくるし、どうしようもない気持ちになる時もあるにはある。
 そんな時は不思議なことに青い物を握り締めると落ち着くので、最近は青い物が増えた。
 明日も大学はあるが、特に課題は出されていない。食事も終わり、お風呂も済ませたから、テレビを見つつのんびり過ごしていた。
 リモコンでチャンネルを変えていくと、特番をやっているのが目についた。いつもならこの時間はドラマを見てたのだが、特番で、今日は無いようだ。他に面白そうな番組もないので、その特番を見てみることにした。
 日本の歴史に関する番組のようで、織田信長や豊臣秀吉がでてくることから、どうやら戦国時代らしい。
 今の大河ドラマが戦国時代の武将についてだから、それに乗じての特番かもしれない。本屋とかでも戦国時代に関する本をよく見かけたりする。友人もよく話しているから、今は密かな戦国時代ブームなのかもしれない。

「ん?」

 番組の途中で違和感を感じた。
 今は奥州の伊達政宗について説明している。しかし、何か違う。

「伊達政宗ってこんな人だったっけ?」

 生い立ちや戦の仕方等を紹介しているが、自分の知ってる伊達政宗とは違う。
 自分の知ってる伊達政宗?
 それこそ可笑しいじゃないか、伊達政宗は歴史上の人物で、授業でもそこまで詳しくは習わない。
 なのに、自分は彼の何を知っているというのだろうか。
 だが……。

「やっぱり、違う……『政宗』は……」

 口に出してしまって、全身が粟立った。
 やっぱり変だ。この間といい、今日といい。
 取り合えずもう考えないことにして、テレビの電源も切り、布団に潜った。
 自分のことなのに、自分に何が起こっているのか分からない。
 どうすれば、この感覚の正体が分かるのか分からない。
 これ以上考えたくないと、は他のことを無理矢理考えながら眠った。





 政宗は今日もの傍に居た。
 本当はずっと傍に付いていたいが、自分には政務があるし、傍に居たからといってが目を覚ますわけでもない。
 頭で分かっていても、気持ちはついていかなかったが、小十郎に窘められながら執務を行っている状態だ。
 戦が終わって、それでも、城に何の変化もない。
 政務をサボり小十郎に怒られたり、成実にイライラをぶつけてみたりというのは前と変わらない。
 ただ、隣で笑っているはずの人がいない。が目を覚まさない、それ以外を除いては何も変わらなかった。
 つくづく自分は、がいないと駄目になってしまったのだ、と思い知らされる。
 この間の時も今も、が居なかった時と変わらないはずなのに、もう自分の中ではがいることが日常になってしまっている。
 前回以上にを失いたくないと思っている。
 生きてさえ居れば、そこにいてもその人の幸せを願い、それだけで十分だ。といえるほど自分は大人ではない。
 欲しいものは手に入れるし、大切な者は誰にも渡さず自分の傍に置きたいと思う。

「本当に、俺は餓鬼だな」

 自嘲気味に呟いては見たものの、それが伊達政宗なのだから仕方ない。
 誰かに奪われたら取り返しにいくし、ここに居られないような理由があるなら、その理由は自分が潰す。
 だが、はここにいる。誰かに攫われたわけでもないし、ここから出て行かなければいけないわけでもない。
 でも、目の前には眠っているのに、自身はどこか遠くにいるようで、しかも、政宗でもどうしようもないような気がしてしまう。
 が、確実に自分の下に帰ってくるのであれば、政宗はいつまでも待つつもりだ。しかし、他の者もそうかといえば違うだろう。

「政宗様」
「小十郎か……入れ」

 入って来た小十郎は神妙な面持ちだ。

「どうなさるおつもりですか」
「どうするもねえだろ」
「ですが、家臣の中では不安を洩らす者も出始めております」

 知ってる。
 家臣からそれなりに人望のあるだ。倒れて目を覚まさないから放り出せというやつは居ないだろう。
 だが、だからといってこのままではきっと駄目だといい始める者もいるに違いない。いや、既に出てきている。
 を城に置くのは構わない。政宗が眠っているのところに通うのも構わない。
 そのかわり……。

「せめて側室を、という声が上がっております」

 伊達の者はが政宗の正室になるのだと思っている。だから、が世継ぎさえ生めば別に問題はない。
 政宗がに惚れ込んでいるのは皆知っているから、側室をなどと野暮なことは言わなかった。
 だが、今は状況が状況だ。
 目覚めぬままでは世継ぎは望めない。そうなれば伊達の存続が危うくなる。
 政宗のことだから、正室はきっと以外にはしないと言い張るだろう。それなら、せめて世継ぎを生むために側室を設けなければ、というのが一部の家臣からでていることだ。
 娘一人の為に伊達を潰すわけにはいかない。
 それは政宗も分かってはいる。
 奥州を統べる者としての責任が政宗にはある。
 だが、そう簡単に割り切れるわけでもない。

「……もう、少しだけ……もう少しだけ待ってくれ……」

 まだ、大丈夫なはずだ。もう少し、もう少し待てばが目を覚ますかもしれない。
 いくら奥州の為だと言っても、目を覚ましたときに側室を設けていたとあれば、はここを出て行くかもしれない。
 出て行かなくても自分の前では笑っていても、誰もいないところでは泣いてしまうかもしれない。
 そうなるのが嫌だった。
 何より、にそうさせる自分を赦せないだろう。

「早く、起きろよ。My honey.」


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卯月 静 (07/11/10)