【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 四拾参
午前中にある授業の休憩時間。 教室も移動し、はカバンから次の授業の教科書やら筆箱やらファイルやらを取り出していた。 しかし、先ほどから隣からの視線が気になる。 「ちょっと、何? さっきからずっと見て」 「あーゴメンゴメン」 自分を見ていたのは友人であったから、さほど気にする程のことではない。が、凝視されればいくら友人でも気になる。 当の友人自身は悪びれた様子もなく、カラカラと笑っている。 「前から聞きたかったんだけどさ」 「何?」 「、カレシ出来た?」 「…………は?」 友人の唐突な質問に間抜けな返事をしてしまう。 「だってさー。最近ってば、キレイになったってゆーか、艶っぽくなった気するし」 「………………」 友人のバカらしい発言に冷たい視線を向けてやるが、彼女は全く動じておらず更に話を続ける。 「で? 実際のトコどーなのよ」 「いないって、カレシどころか、好きな人だっていないっての」 全く。この友人がこの手の話を好きだとは知ってはいたが、まさか自分に矛先が向いてくるとは思ってもみなかった。 自身は、この手の話とは無縁だと思っていたのに。 「ホントに居ないの? 気になってる人とかも?」 いつもなら、あっさり引くはずの友人が、今回は食い下がってきた。 気になる人……居ないわけではない。例の「彼」が誰なのかわからないままで、確かに自分が会いたいと思っている人だ。そういう意味では、気になる人には違いない。そして、同時に昨日のことを思い出す。自分の知ってる「伊達政宗」 あの感覚は、授業で習ったことと違う、といった物ではなかった。 自分がよく知っている知人のことを、全く違った風に他人が評していた時のようだった。 そうだ、「伊達政宗」は自分にとって歴史上の人物という気がしない。だが、彼は確かに歴史上の人物で、タイムスリップでもしなければ会うことなど……。 カチリとパズルのピースが合う。 そうだ……。自分は戦国の世に行ったのだ。そして、会ったんだ、「彼」に。「伊達政宗」に……。 「? 顔白いよ? 大丈夫?」 頭が混乱する。の急変に、友人が心配して声をかけるが、耳に入らない。 なんとか友人には、今日は早退すると伝え、大学を後にした。 アパートの部屋に駆け込み、玄関のドアを閉めるなり、その場にしゃがみこんだ。 何故、こんな大切なことを忘れてしまっていたのだろう。 帰って来てしまっていたのだ。 どうやってアチラに行ったのか分からなければ、どうやってコチラに戻ってきたのかも分からない。 だけど、自分は戦国の世に行き、そして、現代に戻ってきた。それは間違いない。 決して望んでのことではない。それはアチラに行ったこともだし、コチラに戻って来てしまったこともだ。 アチラへ行ってしまった時も、コチラに思い出はあったし、家族や友人などの大切な人もいる。しかし、アチラでは城の皆が、何より政宗が受け入れてくれたし、コチラに帰ることなど考えてなかった……。 「……戻らなきゃ……」 だが、どこに? 自分の生きる時代は、ここ現代だ。 アチラに行ったのは、不可抗力で偶然。 戦国の世に置いて、は異質の存在のはずである。 「……バカ……みたい……」 呟いた声は細く、泣き声に近かった。 それでも、涙は出ない。 すっかり、自分の居場所はあの場以外ない、とまで思ってしまっていた。 今いるここが正しい状態。 だけど……。 「……帰りたい……離れたく、ない……」 吐き出した気持ちは、どこにも行くあてもなく、ただ静かに響いた。 次へ 戻る 卯月 静 (07/11/13) |