【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 四拾四





 部屋には重苦しく、張り詰めた空気が流れている。
 政宗と向かい合って座るは彼の家臣たち。まだ家臣たちは何も行ってはいないが、何故ここに彼らが来たのか、何を政宗に告げに来たのかは重々承知している。

「政宗様。単刀直入に申し上げます」

 家臣たちの中で一番の年長者が切り出した。

「伊達、引いては奥州の為と思うのであれば、どうか御側室を」

 予想通りの言葉に嫌になる。しかし、それは重要なことで、このままの状態であれば避けられないことでもあるというのは政宗だって分かっている。

「政宗様が様のことを、とても大事にしておられることは、私共も重々承知しております。ですから、何も正室を他から迎えるべきだと言っているのでは御座いません。伊達存続の為にせめて世継ぎを作る為に御側室をと申しているのです」

 家臣は必死だ。それもそうだ、伊達が潰れれば自分もどうなるか分からない。しかし、それ以上に彼らは手打ちも覚悟で言っているのだろう。ここで政宗が一蹴して手打ちにしろとでも言えば終わりだ。
 だが、彼らは自分の命をかけてでも言わなければいけないということを分かっているし、それを政宗が分からないはずもない。
 何より、家臣達の提案は最大の譲歩であり、現時点での最善の策だろう。
 を見捨て、正室をということであったなら、政宗も耳を貸さなかったかもしれない。しかし、家臣達が言っているのは正室ではなく側室。あくまで世継ぎのためだと言っている。
 だが、政宗としては以外に室を置く気にはなれなかったし、側室を設けたあとにが起きて、それを知れば彼女が居なくなるかもしれないという気がしていた。
 その一方で自分の手には多くの奥州の民の命が握られていることも自覚している。

「もう少しだけ……あと、もう少しだけ待ってくれ……」

 今の自分に言えるのはそれだけ。
 否とも是とも言えない。
 国をとるか、女を取るか。
 その選択すら出来ない自分はあの時から全く成長していない。
 国の為に、好きな女を諦めることが出来る程大人でもないし、好きな女の為に国を傾けることが出来る程餓鬼でもない。
 政宗の返答に家臣はそれ以上何も言わなかった。
 政宗の気持ちは良く分かるし、が正室になることは家臣達の望みでもあった。
 自分達の頭とその隣に並ぶ女性。二人の穏やかな光景を見ることは城の皆の癒しでもあったのだ。
 政宗の正室ということは、その正室に自分達も仕えることになる。気位ばかり高く、我侭な姫君に使えるのはごめんだ。
 その点、は家臣達からみて理想的だった。不思議ではあるが、聡くて強い女性。そして、何より、政宗の寵愛を一身に受けている。

 暫くは長い沈黙ばかりが続いた。どちらも言葉を発せず、身動きもせず、視線すら合わせなかった。
 その沈黙を破ったのは上からの来訪者。

「重要な会議の最中失礼致します。至急、政宗様お耳にいれなければならないことがございましたので」

 降りてきた人物は政宗の前で頭を垂れ、告げる。元政宗の忍。そして今はの忍である猫だ。
 彼女がここにくるということはに関すること以外にはない。
 一同に緊張が走る。できれば最悪の事態でないことを祈りたい。
 猫は政宗の傍まで寄り耳打ちする。
 それを聞いた政宗の口元は上がる。

「政宗様!? どちらへっ?!」

 立ち上がり部屋を辞する政宗に、家臣達は声を上げて止める。

「さっきの話は無しにするぜ。正室がいるなら文句はねえだろ」

 サラリと言い残して部屋を出た。
 政宗の言葉に一同固まり、ようやく意味を理解した。そして、爆発が起こったように、歓声が上がった。
 各々が政宗に続いて部屋を出て、の元に向かった。
 が、それは小十郎に止められた。

「しばらくは御二人だけにして差し上げろ」


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卯月 静 (07/11/15)