【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 四拾伍





「ああ……どーしよー……」

 は部屋で頭を抱えていた。
 ちゃんと帰ってこれたのはいい。目を開けてみると見慣れた天井で、周りを見渡してもやはり見慣れた部屋。
 そのことに安堵を覚え、ホッとしていたら猫が気付いて部屋に入って来た。
 をみるなり、「どこかおかしいとこはない?」とか「気分はどう?」などと質問責めにあったのも別に構わない。
 猫は政宗に報告に行くと言って部屋を出て行った。それもいい。
 猫曰く、どうやら自分は長い間眠っていたらしい。
 聞いて、すぐは状況が飲み込めなかったが、彼女が部屋を出て行き、一人になると頭もはっきりとしてきた。
 で、結果冒頭のように頭を抱えることになった。正確に言えば、頭を抱えるというよりも、不安で押しつぶされそうになっている。

「政宗……私のこと嫌いになったりしてない……よね……」

 考えてしまった、最悪の事態を口にすると、涙が出てきた。
 でも、ありえないことではない。自分はかなり長い間眠っていたらしいのだ。
 その間に他の女性が政宗の心を奪って行ったかもしれないし、眠ってばかりいる自分を嫌になったかもしれない。
 ここに眠っていたからと言ってそうでない保証はない。
 城に連れて来たのは政宗で、傍に置きたくなくなったとしても、体面上そうせざるを得ないからここに寝かせていただけかもしれない。目が覚めたら城から追い出されるかもしれないのだ。
 最悪の事態を考えて、覚悟はしておかなければいけない。
 ここに居れるのももうあと少しかもしれないと、は部屋を見回した。
 懐かしいという感情が湧き上がる。
 だが、いつもよりも周りは静かな気がする。
 音は風が木の葉を撫で、さわさわと奏でるものだけで、それ以外の音はない。
 風の音に耳を澄ましていると、足音が近づいているのが分かった。
 足音の主は走っているようで、近づいてくる速度が速い。
 来るべき時が来た。
 迎えてくれるか、拒絶されるか……。
 足音はの部屋の前まで来て、止まり、ほぼ同時にスパンッと襖が開け放たれる。
 現れたのは現代に居ても会いたくて、忘れることの出来なかった人……。
 走って来たからか、彼は珍しく肩で息をしている。
 姿を見ただけで、胸が締め付けられる。

「……政宗……」

 は恐る恐る声をかけた。何と言われるのだろうか。
 そんなの不安とは裏腹に、政宗は何も言わずにに近づいていく。
 目の前まで来ると、政宗はの前に座る。
 そして、そっとその両手での頬を包み込むように触れ、その顔の輪郭に沿って撫でる。
 まるでそこにがいることを感じるようにゆっくりと……。
 政宗があまりに優しく触れてくるので、の頬は赤く染まり瞳は揺れる。恥ずかしさのあまり視線を逸らしたいが、政宗の瞳に囚われてそれもできない。
 息はきちんとしているはずだが、何故か今にも窒息死してしまいそうだ。

……」

 久々に聞く彼の声に、の胸がトクンと高鳴る。
 が返事を返すよりも早く、政宗はを抱きしめた。
 痛いくらいに強く抱きしめられる。
 政宗はそのまま何も言わなかったから、も何も言わなかった。
 恋焦がれた熱を感じていられることが、何よりも幸せなことだった。

 しばらく二人でずっとそうしていたが、政宗の気が済んだのか、腕の力を緩め、に向きあった。
 それでも、政宗の腕はの腰近くに固定されていて、距離は近い。

「おかえり」

 が唐突にそういうと、政宗は虚を突かれたように目を丸くしたが、直ぐに目を細めた。

「ああ、ただいま」

 「いってらっしゃい」は言えなかったから、せめて「おかえり」は言いたかった。
 現代に戻ってしまったがために、政宗が帰ってきたときに言えなかったのは残念だが、今更と言われようともはそれだけは言おうと決めていた。たとえ、この城を出て行くことが決定していたとしても、だ。


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卯月 静 (07/11/20)