【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫 四拾七】閑話 成長
「俺、殿の気持ちが分かんない……」 呟いたのは、政宗の従弟でもあり、武の誉れ高い、成実。 成実が見つめる先には、庭で仲良く会話をしている主、政宗とその隣にはがいる。 成実の傍には小十郎と綱元がいるのだが、成実の言葉に不審げな目線を送る。 それも当然だろう。何の脈絡もなく言われれば、普通は何を言ってんだコイツとなる。 「小十郎と綱元はさ、目の前に据え膳が在ったら喰う?」 「据え膳喰わぬは男の恥、と言うことか?」 成実の意図することを察した綱元の言葉で小十郎も成実の言いたいことが分かった。 つまりは、だ。 「アレだけ密着してて、理性がとばねえ方が変だ」 の意識が戻ってから、政宗は前にも増してを傍に置きたがった。 それは、が城を黙って出て行った後も同じだったが、今回はそれ以上だ。 常にを傍に置き、尚且つ、を捕らえて放さない。例えではなく、本当に捕まえたまま放さないのだ。 が傍にいるときは、政宗の腕はの腰や肩に回っている。 前々からといいたいが、前はもっとマシだったように思う。 「あまりいい傾向じゃねぇな……」 小十郎は呟き、溜息をつく。 政宗とが仲がいいのはいい。それは見ていて微笑ましい。が、政宗がに執着している度合いが大きすぎる。 もしこれで、が今度はその体ごと元の世界に帰ってしまったら……、そう考えるだけで、政宗の様子は安易に想像できてしまう。 「俺はそんなことよりも、何で好きな女の体にあれだけ触ってて、普通で居られるかってことだって。……はっ!? まさかっ!!!」 ゴスッ!! 「ってーなっ!! 何するんだよ、小十郎っ!!」 「お前、今なんて言おうとした」 「だから、殿って実はふの……」 ゴスッ!! 小十郎の2回目の鉄拳が、成実の頭にのめり込んだ。 「拳ですんだだけ、ありがたく思え。政宗様に聞こえてたら、それ以上だぞ」 成実は殴られた頭をさすっている。 「そりゃ、分かってるけどさ。でも、小十郎も不思議にならない?」 ならないかと聞かれれば、気にはなる。 小十郎だって男だから、好きな女が傍にいれば手に入れたいと思う心情は分かる。ましてや、政宗はまだ若く、そう思わないはずはない。 「普通にしてる振りをしてるだけだろう」 政宗の心中は何となくではあるが分かる。今にも手に入れられそうな距離に惚れた女がいて、尚且つ相手も自分を慕ってくれている。この状態なら欲しいと思うだろうし、手に入れれるとも思うだろう。だが彼は、その欲望を必死に押し隠しているのだ。 欲しいからと無理矢理奪っても意味がないこともある。そのことを分かっているからこそだろう。 本当に彼は大きくなった。 幼かった頃から比べると格段に。体だけではない。心もだ。奥州を、いや、天下を治めるに相応しい器に成長しつつある。 それも此処最近、が傍にいるようになって顕著に見えている成長だ。 この間の対北条戦。 小十郎の言葉に珍しく従った。これまで何度も単騎で進むなといいながらも、政宗は聞き流していたのにだ。 そして、が倒れたことを話した時。以前の政宗であれば、切られこそしなかったかもしれないが、確実に怒りに任せた拳が飛んできていただろう。だが、小十郎の言葉に政宗は自分を見失うことはなく、怒りながらもそれを抑えていた。 「それが分からねえようじゃ、お前もまだ餓鬼だな、成実」 フッと笑って言ってやる。 「なんだよ、自分だけ分かったような面しやがってさ。綱元だって思うだろ!」 「私も小十郎の意見には賛成だな。前に突っ走るだけじゃ、欲しい物は真には手に入らないということだ。とはいえ、猪突猛進なお前じゃ、分かるまで暫くかかりそうだな」 綱元に肯定の意見を聞き、味方に引き込むつもりが、綱元まで小十郎の言葉に賛成だという。 確かに二人に比べれば自分は遥かに若いが、政宗とは一つしか歳は違わないのだ。政宗に近い心情なのは自分の方に決まっているはずなのに。 「くそぉ。二人とも俺を餓鬼扱いしやがって」 むくれる成実を見て、二人は笑う。 そういう反応が子供っぽいのだ。 笑った二人に成実はまた反応し、さらに二人の笑い声は響いた。 談笑しつつ、ある思いが過ぎる。 できることなら、政宗の成長した姿を見てもらいたかった。 大切なモノを手に入れ、大きく成長した彼の姿を。 「……政宗様はまだまだ、大きくなられますよ。きっと、貴方様以上に……」 呟いた言葉は誰に向けた物なのだろうか。 言葉は風に溶け、消えていった。 次へ 戻る 卯月 静 (07/11/27) |