【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫 四拾八】

閑話 すれ違い





 城は広い。
 それは現代に居た時も十分承知していたが、実際暮らしてみると予想以上だった。
 確実に城の中で迷子になれる。
 自分の暮らしている所。すなわち家と言ってもいい所で迷子なんて笑い話にしかならないが、それが城だと笑い話にすらならない。
 実際に慣れない者や極度の方向音痴は迷子になるらしい。
 は、それだけ広いのであれば、探検のし甲斐があるだろうと、城の中を探検していた。
 大方の所は、政宗を初め、いろいろな人に案内されたので分かってはいるが、少し裏手に回ると知らない景色が広がっていた。

「綺麗な庭……」

 美しい、手入れの行き届いた日本庭園。
 庭について、さほど知識のないでも、この庭が芸術的であることは分かった。
 そして、同時にこれほどの庭が裏手にあることを残念に思った。

「そこの娘、何をしておる?」

 庭に見入っていただが、掛けられた声にドキッとする。
 もちろんそれは怒られるのではないか、という危惧だが。
 声は女性特有の高めの声で、どうも怒られているような声色ではなかった。

「あ、すみません。素敵な庭だったものだからつい……」

 声の方へ体ごと向けると、その縁には着物を着た女性が座っていた。
 この城の人だろうか……。だが、は一度も会ったことはない。

「この庭が気に入ったか」
「はい」
「そうか」

 答えた女性は一言で言えば美人。北国の女性らしく、肌は透き通るように白い。しかし、その瞳は儚いものではなく強い意思が表れている。
 さらに言えば、先ほどの答えに返事を返した彼女は、誰かに似ていた。
 の身近な誰かに似ている、と思うのだが、誰に似ているのか全く思いつかない。

「娘。こちらに来い」

 手招きされ、は傍に寄る。
 彼女が来ている着物はかなり豪華なものだ。彩りがというのもあるが、その生地自体が高価だと分かる。
 政宗がにくれる着物が、高いものばかりなために、いやでもそういう知識がつく。
 としては普通の着物でいいというのに、政宗は頑として受け付けない。しかも、受け取れないと言えば、捨てようとするから、受け取るしかない。

「ここに座れ」

 高貴な身分であろう彼女の横に座ってもいいものかと思ったが、本人が言っているのだからよいのだろう。
 はすっと隣に腰掛ける。

「娘、名は何と申す?」
といいます」
か……」

 彼女はじぃっとの顔を見る。観察されているのだろうか……。

「そなたが、この城に連れてこられた、一揆衆の姫じゃの」

 久しぶりのフレーズだ。
 久しく一揆衆の姫は名乗っていなかった。少し懐かしく思う。

「……そう、ですけど……。貴女はここで何を?」
「息子に会いに来たのじゃがな……」

 聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか……。
 答える彼女の瞳は寂しそうというか、悲しそうだった。
 ひょっとしたら、息子に会えなかったのかもしれない。

「……息子さんに……会えなかったんですか?」

 彼女は答えず、ただ悲しそうに微笑むだけ。
 そしてその表情を見て、同時にやはり誰かに似ていると思う。

「少々厳しく接しすぎたらしい……。あの子は妾のことを嫌うておる」
「え……」
「妾の息子は二人おってな、上の息子は幼い頃に大病を患って、それからすっかり大人しくなりおった」

 ぽつぽつと語り始める彼女は懐かしそうに目を細める。

「武家の跡取りともあろう者がそれではいけないと、妾はあの子に厳しく接した……。母に甘え、弱くならぬように、との。それが息子を傷つけることになったようじゃ……」

 彼女の瞳は悲しみに染まっている。

「厳しくしたことを後悔してるんですか?」

 の質問に首を横に振る。

「後悔など、しておらん。今あの子は強くなった。それにあの子は今大切な者達が傍におる。ただ、妾が厳しく接したことで、あの子が甘える相手が居らん。甘えるべき母親が突き放したのじゃから当然じゃ」

 彼女が息子にどのように接したのか分からない。だから、は彼女にかける言葉を持っていなかった。
 ただ、分かることは、彼女が自分の息子を深く愛していることだ。
 誰より息子を想い。その想うが為に、息子を突き放すことになった。
 きっと、その息子は母親に捨てられたと思っているかもしれない。

「えっと……そのことを息子さんに素直に話してみたらどうですか? お母さんが自分のことを嫌ってなかったって分かるだけでもいいと思うんですけど……」
「もう妾は必要ないらしい。あの子には誰よりも大切な者ができたようじゃなからな」

 どこか寂しそうだが、嬉しそうでもある表情で答える。

「そろそろ戻らねば、供の者達が騒ぎ出す」

 彼女はすっと立ち上がる。

。そなたとは一度話してみたいと思っておった。今日は話せて満足じゃ。そなたは不思議な娘じゃな。だが、いや、だからこそ息子はそなたを気に入ったのじゃろう」
「……え? ……息子ってっ……」

 暫し彼女が言った言葉の意味が分からず、間があった。そして、が確認しようとする時には、既に彼女の姿は遠くにあった。


次へ 戻る

卯月 静 (07/12/01)