【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫 四拾九】閑話 恩師
久々の外出。 普段はいくら治安のよい城下と言っても危ないからと、政宗がいる時しか城から出ることはない。 不自由はないし、そうそう我侭も言ってられないので不満が特にあるわけでもない。 なにより、この時代についてよく分かってないことも多いから、一人で出歩くのも不安ということもある。 たまには外に出たいと、政宗に言えば付き合ってくれるし、大体は政務に飽きた政宗とこっそり城を抜け出すから全く外出しないわけでもない。 だが、最近は小十郎の見張りが厳しくなったらしく、中々抜け出せず、も外出はしていない。 だから今回は久々の外出なのだが、今回一緒にいるのは政宗ではない。 隣に居るのは、小十郎だ。 「小十郎さん。どこに行くんですか?」 「寺だ。政宗様の師である僧侶、虎哉殿が竜の宝珠を見たいそうだ」 「竜の宝珠って……」 話の展開から、宝珠と言うのはのことだろう。 一揆の姫君に、かぐや姫、そして竜の宝珠。ここに来てからの二つ名がどんどん増えている気がする。 そのうち新たな通称でも増えそうだ。 「その、虎哉和尚さんってどんな人なんですか?」 「政宗様の師だ」 「……小十郎さん……答えになってません……」 「言葉通りの意味だ。考えれば分かるだろう」 政宗の師。つまりあの政宗の先生ということは、政宗以上に曲者ということだ。 そのことを理解し、は会うのに不安になった。 寺に着くと、部屋に案内された。小十郎は時間になったら戻るとを残してどこかへ行ってしまった。 部屋には一人きり。 「すまぬの。急に呼びつけてしまって」 部屋に入って来たのは一人の僧侶。 彼が虎哉和尚だろう。 「お主が竜の宝珠かの」 「あ、はい。多分、そうだと……」 緊張しつつ答えると、虎哉は声を立てて笑った。 「あの……和尚さん?」 「これはすまぬ。お主の話振りが他人事のようでな」 としては普通に答えたつもりだが、虎哉にはそれが面白かったようだ。 笑われたことで呆気には取られたが、同時に緊張も取れた。 位の高い僧侶だと聞いていたから知らず知らず緊張していた。が、虎哉はかなり親しみやすい人物のようだ。 「して、お主の名前は何という。竜の宝珠と呼ばれたままがよいならそう呼ぶがの」 「、と申します」 「か。あやつと会った当初、月から来たと申したそうじゃの」 言った。確かに政宗に何処から来たか、と聞かれて、月から来たと言った。 「あー……確かに言いました……」 今思えばなんと恥ずかしい発言だろうか。考え無しにも程がある。 「あやつにそう答えるとは、中々骨のある女子じゃの」 虎哉は面白がっている様子で、酷く楽しそうだ。 その様子は虎哉と政宗が師弟であることの証明とも言える。 「お主からみたあやつ。伊達政宗はどんな人物じゃ?」 「政宗ですか?」 虎哉はが政宗のことを呼び捨てにしていることに驚いた。 政宗のことを呼び捨てにするものはそうそういるものでもない。それも女子となれば尚更のこと。 「えっと、自分勝手で我侭で、欲しい物は絶対手に入れようとするけど、部下思いで優しい人、ですかね」 の答えに虎哉は満足だった。この娘は政宗のことを本当に真っ直ぐみている。 奥州の王、伊達政宗としてではなく、政宗として接しているのがよく分かった。 「あやつもそこまで誉められれば本望じゃの。だが、わしから言わせるとあやつはひねくれ者の餓鬼じゃがな」 ひねくれ者に育てたのは他ならぬ虎哉自身だ。 幼い時は素直で、優しすぎた政宗に強くなるようにと教えたのだ。 「ひねくれ者……ですか……」 虎哉の言葉にさも納得したように呟く。 政宗がひねくれ者の餓鬼と言われてもさほど驚かない。 幼少の頃からの彼を知っている虎哉にとって、政宗はいつまでも子供に見えるのだろうと思ったのだ。 「小さき頃は素直だったからの。わしの教え通り、素直にひねくれ者に育ってくれたわ」 素直にひねくれてくれたというのは、言葉的には可笑しい気もするが、その言葉通り、素直だった幼少の政宗は師の教えの通り捻くれて育ったのだろう。 そう考えると、政宗は根本的には素直なのかもしれない。 「それにの、あやつには女子以外に寝姿を見せるなとも教えたしの。そなたはあやつの寝姿を見たことはあるのかの」 「ありますけど……」 は素直に答えはするが、虎哉の質問の意図を測りかねていた。 「そうか、そうか」 だが、虎哉は酷く嬉しそうだ。 寝姿を見せないというのは、いつ何時でも戦闘態勢に入れるようにということだろう。いつ何時命を狙われるか分からないからだろうが、何故女性はいいのだろうか? 「和尚さん、それは一体どういう……」 「分からぬか?」 和尚は人の悪そうな笑顔を浮かべている。 寝ている姿を見るということは、傍でその相手が寝てるということで、それは女性だということであれば…………。 「和尚さん……本当に仏に仕える人なんですか……」 やっと意図が分かり、じとっと虎哉を見る。 御仏に仕える聖職者がそんな俗っぽいことでいいのだろうか。 「それに、政宗の寝てる姿みたって言ってもそういう関係じゃないですから! 和尚さんが言ってるようなことはありません。政宗が私の隣で眠ってただけです」 「ほう。あやつがのぉ……」 虎哉は感心したような声をあげた。 どうやら、この娘は虎哉が思っていた以上に政宗に大切にされているらしい。 竜の宝珠とは半ば冗談だったが、強ち間違いではないようだ。それどころか、その呼び名は的を射ているようだ。 「虎哉殿。そろそろよろしいでしょうか」 襖を開け、小十郎が戻ってきた。 「そうじゃの。これ以上竜の宝珠を独り占めしておると、逆鱗に触れかねんからの」 小十郎が戻ってきたということはかなりの時間が経っていることになる。 「殿。今日はわざわざ来て貰ってすまぬの。また気軽にここへ来るとよい。今度は梵天丸の話でもしてやるぞ。相談にも乗ってやれるかもしれんしの」 「ありがとうございます。今度は政宗と一緒に来ます」 頭を下げ、去っていくを見ながら、虎哉は我が弟子が望むものの一つを手に入れていることを喜ばしく思った。 彼女のどこに惹かれたのか、今日一日話していて虎哉は理解した。 あのひねくれ者の餓鬼が、女子といえど、そう簡単に心を開くことはない。いや、むしろ女子だからこそ簡単には心を開くことはないだろう。 だが、あの娘のもつ雰囲気は彼を落ち着かせる物に違いない。 どこか浮世離れしてはいるが、真の強い女子だった。 今度、生意気な弟子と供にきたときはどうやって弟子をからかってやろうかと考えつつ、自室に戻った。 次へ 戻る 卯月 静 (07/12/04) |