【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 伍拾参
最近政宗は城を空けることが多くなった。 城を空けるのは今に始まったことではない。が、最近は夜になっても戻ってこないことが多い。 だいたい午後からいなくなり、翌日の朝に戻ってくる。 城の主がそんなことでは、城は機能しないのではないか、と思うが、そこは小十郎初め、家臣の苦労を代償に、なんとかなっている。 そもそも、がここに来る以前は、これが日常茶飯事だったのだ。今までよく、城で大人しくしていたものだと皆が思っていた。もちろん、それは、城にがいるかだということは、十分承知している。 そして、今日も政宗は城を抜け、城下に来ていた。 「最近はよく来てくださるから嬉しいわぁ」 政宗の隣には際どい着物の着方をした女性が数人侍っている。 その女性も、少なからず肌の露出があり、誘うような色香を放っている。 前述より想像がつくだろうが、ここは、城下の色町にある店の一つ。 最近城を抜けてはここに通っていた。 小十郎もここに来ていることは知っているはずだが、最近は何も言ってこない。ただ渋い顔をするだけだ。 「今日は誰かを指名致しますの?」 「そうだな…………」 呟いて、政宗は思案する。 満たされない。最近その思いが強くなった。 自分が誰かを激しく求めていると分かり、何度かここに来て、数人の女の抱いた。 だが、どれも違うと思ってしまう。自分の求めているものではないと。 抱けば、男としての欲は満たされる。だが、心が全く満たされない。 求めているのはこれじゃない。そうした思いだけが残る。 「……悪ぃが、今日はやめとく。気分が乗らねえ」 政宗は、そのまま踵を返し、店を後にした。 城に戻ると成実の姿が目に入った。 隣にいるのは一揆衆の姫で、自分が城に連れて来た娘。確か、名ををいったか。 彼女のことなど、自分は何一つ覚えていないから、周りの連中が政宗に教えた情報でしかない。 彼女がどんな人間で、自分とどう接し、自分が彼女とどう接していたか知らない。 政宗の視線の先の彼女は成実と楽しそうに話している。 あんな顔で笑うのか、と思うと同時に、心の奥底でドス黒い感情が浮き上がってくる。 気に入らない。 自分に向ける時の笑顔はどこか作り物めいたものなくせに、成実にはあんな笑顔で話しかけている。 成実の名前を呼び捨てにし、酷く親しそうに話している。 何の変哲もない娘だ。あの娘が誰に話しかけていようが、自分には関係ない。 だが、気に入らない。彼女が成実に笑顔を向けていることも、自分に笑顔を向けないことも。 政宗は二人に声をかけず、その場を立ち去った。 今までこんな感情を抱いたことは無かった筈だ。 「Shit!!」 モヤモヤした気持ちが消えず、壁を殴りつける。 力の加減なく殴った為に、拳からは血が流れていた。 殴ったところで、何も解決にはならない。気持ちが晴れるわけでもない。 だが、政宗にはこの気持ちが何なのか分からなかった。湧き上がった感情の正体を掴めずにいた。 本当は幼き日に一度、今と同じような気持ちを抱いたときがあったのだが、今の政宗に気づくはずも無かった。 幼き日。自分を愛してくれない母が、弟に笑いかけ、話しかけている姿を見たときと似ていて、しかし、違う感情……。 「政宗様?」 声と同時にパタパタと駆け寄ってくる姿。 「ああ。アンタか……」 「政宗様、その手! 血が出てるじゃないですか!」 「そうだな」 血で紅くなった政宗の手を見て、は声を上げるが、政宗は何の感情もこもっていない声で返す。 「そうだな、じゃないですよ! 手当てしますから、こっち来て下さい」 は政宗の、反対側の手を引き、自分の部屋に連れて行く。 何の抵抗もせず、に引っ張られるまま付いて行く。 その間、自分を引っ張っていくをぼーっと見ていた。 城の主が、娘に引っ張られて行くという姿は酷く不思議な図であるに違いないのに、何故か、違和感は感じなかった。 それどころか、これが在るべき姿のような気さえしていた。 今の、本来なら不思議に感じるであろう状態が、心地よかった。 よく執務の休憩時間に、はお茶を運んでくる。客人の扱いだと思っていたのに、何故運んでくるのか、疑問には思ったが、政宗は何も言わなかった。言ってしまえば、彼女は茶を運んでこなくなるだろうと思い、そして、それが嫌だった。 かといって、城の者達の話では、は女中でもない。だが、皆から慕われてもいる。 城の中で、彼女の存在は不思議なものであるのに、違和感がない。 だが、政宗と接する時は、一線を引いている。 政宗を城主として扱う。それは、他の女中達と変わらない態度ではあったが、彼女が自分に取るべき姿勢ではないのだと、頭の片隅にはあった。 だからといって、彼女が自分にどう接すれば政宗自身が納得するのかは、政宗自身も分かっていない。 彼女に関することは、頭の中に靄のようなものがかかり、はっきりしない。 それは、城の者の態度も同じで、彼らは何かを隠しているのだと、はっきりとそう感じた。それがに関することであるということは知っているし、敢えて何も言わないのも分かっていた。 違和感を感じるものの、何故なのかはっきりしない為に、政宗は彼女に対する感情を持て余していた。 次へ 戻る 卯月 静 (07/12/18) |