【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 伍拾四





 の部屋で大人しく手当てを受ける。

「はい、とりあえずはコレで大丈夫だと思います。後でお医者様に診てもらって下さいね。小十郎さんに言っておきますから」
「……thanks……」
「どう致しまして」

 手当ては終わったが、政宗は立ち去ろうとしない。
 どちらも話しかけることもできず、気まずい空気が流れる。

「アンタは……」

 最初に沈黙を破ったのは政宗だった。

「アンタは俺にとっての何だ?」

 何故こんなことを聞こうと思ったか分からない。今までは誰にも聞かなかったし、誰かに尋ねてもきっと正確に話してくれただろう。
 それこそ、小十郎辺りにでも聞けばいいことだ。
 だが、政宗はの口から聞きたかった。彼女が言えばそれが本当の答えだと納得できるように思えたのだ。
 政宗の質問に、初め驚いていただったが、直ぐに辛そうな顔になる。
 チクリッと心は痛んだ。
 そんな顔をさせたくて聞いたのではないのに……。

「……私に聞かれても困ります。私は政宗様では御座いませんから……」
「……そう、だな……」

 自分は何を期待していたのだろう。
 彼女は政宗ではないのだから、自分が彼女をどう思っていたかなど分かるはずも無い。
 の返答は当たり前の物だ。

「アンタ、随分成実と仲がいいんだな」
「よく話かけてくれますから」

 話題を変えようとすると、とっさに先ほどの光景が頭を過ぎった。
 楽しそうに笑う、成実とその隣にいる彼女。

「アンタは、成実のことが…………いや、何でもねえ」

 「成実のことが好きなのか」とは聞けなかった。
 肯定されたら、自分はどうするつもりだったのか。
 協力して、二人をくっつけてやるのか、または止めとけと反対するつもりだったのか。
 そちらにしろ、政宗はその一言が言えなかった。
 万一肯定されたら、そう頭を過ぎり口に出来なかったのだ。

「政宗様は、最近城下へ行かれることが多いですね。小十郎さんの眉間の皴が増えちゃってますよ」

 明るく言ったの言葉が、政宗の心に深く刺さる。
 自分が何をしようと、この娘には関係ないが、何故か罪悪感が湧き上がる。
 きっと、は自分がどこに行っているのか知っているのだろう。

「……小十郎の皴は今に始まったことじゃねえ。増えてるように思うのはアンタの気のせいだ。野菜と睨みあってる時ですら、あんな感じだからな」
「確かに」

 何とか冗談めかして答えれば、はクスクスと笑う。
 その笑顔に安堵の溜息が落ちる。
 ふと、政宗は短刀が置かれているのが目に入った。
 深い蒼の短刀。一目見ただけでもそれなりのものだと分かる。

「あれは……?」
「ん? あーコレですか?」

 は短刀を手に取る。

「これは、大好きな人が私に贈ってくれた物なんです。私の宝物です」

 愛しむように刀を抱き、本当にそれが大切な物なのだと分かるような笑顔を向ける。
 短刀を贈った相手が、彼女の大切な人だと一目で分かるような表情。
 今まで見たことの無かった顔。
 成実に見せていた笑顔とは比較にならない。
 それを見た瞬間、再びドス黒い感情が湧きあがる。

「奇特なヤツもいたもんだな。精々捨てられないように大切にするんだな」

 すっと立ち上がり、を見ずにそういい残して去る。
 自分でも恐ろしく冷たい声だと思った。

「ああ、そうだ。小十郎に俺は今夜もいつものとこに行ってると伝えてくれ。帰るのは翌朝だとな」
 政宗は、振り返らずに告げ、そのまま立ち去った。

 彼女は今どんな顔をしているのだろう。
 急に立ちさったことで、不興を買ったと青ざめているのだろうか。
 そして、あの短刀を贈ったやつに慰めてもらうのだろうか。
 そう考えて、益々自分の心が冷えていくのが分かった。


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卯月 静 (07/12/22)