【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 伍拾六
いつまで経っても、すっきりしない。 心の奥底に出来た黒い気持ちは消えない。 消えないどころか、を見る度に大きくなる。 半分は八つ当たりだった。 彼女が悪いわけではないことは、政宗自身が分かっていた。 だが、押さえられなかったのだ。 「アンタ、いつまでこの城でいるつもりだ?」 お茶を持って来たは、政宗が言ったことに頭がついていかないといった様子だった。 無理もない。彼女は、そんなことを言われるとは思っていなかっただろう。 自分でも残酷なことを言っている自覚はあった。彼女を連れて来たのは、他ならぬ政宗自身だと聞いたはずなのに。 「いつまでもこの城に居るわけにいかねえだろ。俺が勝手に連れて来たらしいしな。アンタも、いい加減帰りたいだろう? あの短刀をくれた野郎のとこにでも帰れよ」 一言一言、言葉を発する度に、自分の心が冷えていくのが分かる。 きっと今の自分の瞳は氷のようにつめたいのかもしれない。 「…………そう……ですね……」 は絞りだすように声を紡ぐ。声は少しばかり震えているようだった。 泣くのを我慢しているのだろうか、と政宗は思った。 「いつまでも、ここにお世話になるわけには行きませんもんね。政宗様の言うとおり、そろそろ帰ることを考えてみます 」 今にも泣きそうな声と表情のクセに、それでも笑いながら答え、涙一つ落とさずに、部屋を出て行った。 の出て行った襖を見つめ、先ほどの彼女の表情を思い出す。 今にも泣き出しそうなのに、笑顔で答える。 半分は八つ当たりで、もう半分は彼女のことを考えてのことだ。 政宗が連れてきたのであれば、半ば無理矢理といった所だろう。そうなれば彼女は帰りたいと思っているはずだと、そう思ったのだ。そして、彼女の帰る所に、あの短刀を送った男がいるのかもしれない。 何故か、やすやすと、その男のもとに戻してやるのは気に食わなかった。が、彼女が帰りたいと思っているのなら、喜ぶかもしれないと思った。 だが、彼女の表情はそんなものではなかった。 まるで、全てを拒否されたかのような表情。 政宗はの心から笑った顔を見ていない。あんな表情をさせてばかりだ。 「What should I do?」(どうすりゃいいんだよ) 呟いたところで、何の答えもでない。 彼女のことを考えて、というのはただの言い訳かもしれない。政宗はこれ以上、彼女が自分に向けない笑顔を他のヤツに向けるところを見たくなかったのかもしれない。 いや、きっとそうなのだろう。だが、政宗はそれに気づかず、ただ、自分の八つ当たりで、これがお互いにとってよい選択であると、自分に言い聞かせていた。 暫くすると、襖が勢い良く開けられた。 今にも壊れんばかりに開けたのは成実。 その目は怒りでいっぱいだった。 「政宗……どういうことだよ……」 成実の声は、今にも叫びたい衝動を抑えるかのごとく、低い。 その上、普段は「殿」と呼んでいる成実が、政宗のことを名で呼んだ。彼が政宗のことを名で呼ぶことはそうあることではない。 一番最近、彼が名で呼んだのは、政宗が父を亡くした時だ。 自分の無力さと同時に、仇への怒りを隠しもせず、まるで自分への怒りを誤魔化すように、仇を討ちに行こうとしていた時。 家督をついでから、一度も名を呼ばなかった成実が、名を呼び、あまつさえぶん殴られた。 「何がだ?」 「ちゃんのことだよっ!!!」 成実は怒鳴るが、政宗は眉を僅かに上げるだけ。 「ちゃんに帰れって言ったってっ! どういうことだよっ!!」 「いつまでも人質って訳にはいかないだろう。一揆衆は、もう一揆を起す気配はねえようだしな。だから、好きな男のところにでも戻れと、そう言ってやっただけだ」 「…………それ……ちゃんに言ったのか?」 「あ?」 「好きな男の所に戻れって言ったのか、って聞いてんだよっ!!!」 「言った。が、それがどうした」 政宗には成実が何故ここまで怒っているのか、全く分からなかった。 「ちゃんは、政宗のっ……!」 何かを叫びそうになりながらも、途中で止める。 「何をそんなに熱くなってやがる。……お前あの女にでも惚れてんのか? だが、残念だな、あいつには好きな男がいるみてえだぞ」 「そこまで知っててなんで…………」 「さっさとモノにでもなんでもしろよ。他の男に獲られちまう前にな」 政宗の発言に、成実にも我慢の限界が来た。元々気の長い方でもなかった彼だが、先ほどの発言に心底政宗に失望した。 先ほどの怒鳴り声とは違い、静かに、だが、低く声を発す。 「なら、ちゃんは俺がもらう。後悔してもしらねえからな」 真っ直ぐ政宗を見ての、まるで宣戦布告。 「……好きにしろよ」 政宗がそう言い放つと、成実は踵を返し、部屋を出て行った。 「ったく。何だっていうんだよ」 呟いた言葉は、成実に対してだけのものだろうか……。 次へ 戻る 卯月 静 (07/12/30) |