【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 伍拾八
中々眠れない……。 昼間にあんなことがあったからだろうか、眠れぬまま布団に潜り、目は閉じてはいたが、頭ははっきりとしていた。 どうすればいいのか、正直な所、自身分かっていない。 出て行きたくはないが、このままいるのもツライ。 ぐるぐると、いろいろな考えが頭を回る。しかし、これが最善だという考えは出てこない。 自分は一度城から抜け出している。あの時は政宗が向かえに来てくれたし、もうどこにも行かないと思った。 しかし、今回城を出てもきっと彼は来ない。いくら、伊達の皆が言った所で、政宗がを探しにくることはないだろう。 出て行けば二度とここには戻ってこられない。 そう。二度と会えないのだ、政宗に。 しかし、これからどれほど耐えることができるのだろうか。毎朝、政宗が他の女の香りを纏って帰ってくる度に、は嫉妬で胸が潰れそうだというのに……。 不意にカタンッという音がした。 「誰か、いるの?」 は、布団から出て、そっと襖を開ける。 「……成実……」 そこに立っていたのは成実だった。 「ごめん、こんな時間に非常識ってのは分かってるけど、こんな時間じゃないと出来ないと思ったから」 彼は笑っているし声も軽く聞こえるように努めている、しかし、瞳は笑っていない。何かを決意した、けれど悲しい瞳。 「……今すぐ、俺と城を出よう? もう、限界だろ?」 成実の言葉に、は驚かない。 ここに彼が来た時に薄々は分かっていた。 「……城下に行けば、俺の使ってない屋敷があるし、落ち着いたら、仕事を探せばいい」 「どうして、そこまで……」 彼の意図が分からない。 自分の従弟である政宗の寵愛を受けていたと言うだけで、ここまでする義理はない。まして、今は政宗はのことなどなんとも思っていないのだ。 「……俺にも分かんないや……」 成実は困ったように笑った。 成実に引かれるまま、進み、城を抜ける。 これでよかったのだろうか……。 が原因で、政宗は心を許せる家臣を失ったことになる。 今の政宗からしてみれば、が成実を誑かしたという風にとれるかもしれない。 だが、そんなことよりも、政宗の元から、彼の信頼の置ける人間を遠ざけてしまったという事実は、少なからず、に城を出たという罪悪感を感じさせた。 伊達の中で政宗には味方も多い。が、敵も少なからずいる。そして、天下を獲るのに、気の置けない家臣が減ってしまっては不利ではないのだろうか。 しかし、出てきてしまったからには、後戻りは出来ない。 成実に手を引かれながらも、どうにかして成実を城に帰せないかと思っていた。 彼は政宗の元から去ってはいけない人間なのだとは思っていた。 いつもなら月が出ているはずの空は曇っていて、月の光は少しも地面まで届かず、道は真っ暗だった。 その様子は、先の見えない自分自身を表しているようにも思えた。 まだ、日も昇って間もない早朝。 小十郎は、政宗の部屋にいた。 それは、あることを報告する為だ。 「昨夜、と成実が城を出たと、門番から報告がありました」 政宗は小十郎に背を向けたまま、動かない。 「……悪ぃが、一人にしてくれ……」 小十郎は何も言わず、部屋を後にする。 「これで……よかったんだよな……」 一人きりになった、部屋で、不意にでた言葉。 に城を出ろと言ったのは、他ならぬ政宗自身だ。その言葉に成実は激怒していたから、こういった事態になることも予想してなかったわけじゃない。 政宗は、自分がに冷たく当たっていたという自覚が、無かったわけではない。 だが、感情の制御が出来ない。時には、自分の感情を抑えて、冷静な判断を下さなければならない立場だから、感情だけで流されることなく、自分の感情を抑えることが出来ないわけではない。 それなのに、に関しては別だった。 彼女の一挙一動に、感情が揺さぶられる。 が微笑めば、ほっとするし、辛そうな顔をすれば、こちらの胸が締め付けられる感覚に陥るし。 何より、彼女が他の男のことを話していると、どうしても、彼女に当たってしまう。 だから、これでよかったのだ。これで、自分がを傷つけることはない。 のためにも、政宗のためにもこれでよかったのだ。 何も憂うことはないはずだ。 なのに、この何か大切なモノを失ったような気持ちはなんだろうか……。 次へ 戻る 卯月 静 (08/01/08) |