【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 伍拾九





 政宗は、一心不乱に刀を振るっていた。
 いや、正確には一心不乱ではない。一心不乱になるように、刀を振るうこと以外何も考えないようにとしていた。
 だが、心にかかった霧のようなものは全く晴れない。
 これ以上はやってても無駄だと判断し、刀を納めた。
 いつの間にか、彼女の姿を探している自分がいることに気づいたのは、昨日のことで、成実がを連れ出して、5日が経っていた。
 執務中に、がお茶を持ってくるんじゃないかと期待し、今もこうして鍛錬していれば、すぐそこでが見ているような錯覚に陥る。
 記憶が戻ったわけではない。だから、記憶を失う前の自分が、にどのような感情を持っていたのか知らない。
 だが、今の自分は間違いなくに惚れているのだろう。
 時折湧き上がってきた、あのどす黒い気持ちの正体は嫉妬だ。

「Silly me...」(馬鹿だな俺は……)

 がいなくなって気づくなんて……。
 本当は今すぐにでも連れ戻したい。だが、どの面下げて彼女に会う。あれだけ酷いことをして、今更好きだと言った所で、彼女が自分を受け入れてくれるはずもない。
 言ったところで、拒絶されるのが落ちだ。
 記憶を失っているということが、もどかしい。記憶を失っていなければ、彼女を傷つけることはなかったかもしれない。いや、彼女を傷つけたのは、記憶云々の話ではなく、一重に政宗自身が愚かだったから。
 彼女は政宗が冷たく接しても離れなかった。ずっと傍にいたのだ。なのに……。

「何か言いたい事があるんだろう、小十郎」
「いいえ、何も」

 いつの間にか政宗の後ろにいた小十郎に背を向けたまま声をかける。
 彼は何かを自分に言う為に、ここに来たのは分かる。だが、それを小十郎は否定した。

「私の独り言が、そばにいた政宗様に、偶然聞こえてしまうかもしれませんね」

 振り返り、問いただそうとしたが、小十郎に遮られ、尚且つ、そのように言われて、政宗は大人しく小十郎の独り言を聞いておくことにした。

「政宗様とがどんな関係だったのか、それは言うなと自身から言われていたから、何も政宗様にお教えしなかったのは間違いだったと後悔してます」

 をここに連れて来たのは、政宗だということしか、教えられておらず、城の誰もそれ以上は言わなかった。
 彼女と政宗がどんな風に言葉を交わしていたか。のこの城での居場所がどこだったのか。
 彼女がここに連れてこられたことに、悲しんでいるのか、そうでないか。
 ただ、政宗が城に連れて来たということ以上何も知らない。

「さっさと、政宗様に、短刀を贈ったのは政宗様自身だということ、伝えていればよかった」
「おいっ! 短刀ってがずっと持っていたやつかっ?!」

 思わず政宗は振り返り、小十郎に問いただす。
 だが、小十郎は何処吹く風で、表情を崩さず、独り言を続ける。

「それはもう大切に短刀を持ってたな」

 小十郎の肯定の言葉に、の言葉が過ぎる。

『これは、大好きな人が私に贈ってくれた物なんです。私の宝物です』

 本当に大切な物だと分かり、更に、それを贈った相手を見るような瞳で短刀を見ていた

「大好きなヤツって俺のことか……」

 それを知って胸が熱くなる。
 自分が記憶を失っても、彼女は政宗のことを想っていた。それなのに、政宗は彼女を傷つけることしかしていない。

「小十郎。を見つけて、居場所を教えろ」

 今更だといわれるかもしれない。顔も見たくないと拒絶されるかもしれない。

「既に」
「そうか。馬の用意をしろ、直ぐに出る」

 小十郎は馬を用意するため、その場を離れた。

「待ってろよ、……」

 自分の気持ちに答えろとは言わない。城に戻って欲しいが、無理だといわれてもしょうがない。
 だが、一言彼女に、今の自分の気持ちを伝えて、今までのことを謝らなければならない。
 何より、もう一度に会いたい。




 成実につられて城を出て5日が経った。
 は成実と共に、伊達の領地の外れにある小さな屋敷で暮らしていた。
 若いといっても、成実は伊達の者で、それなりに蓄えもあり、特に暮らしに困りはしなかった。だが、いつまでも成実の世話になるわけにはいかない。
 それに、自分はともかくとして、成実だけでも城に戻さなければと、は小十郎に居場所を伝えるよう、猫に頼んだ。
 猫は心配してついてきてくれたが、これ以上猫に付き合わせるわけにはいかない。
 伊達の三傑である成実も、黒脛巾の優秀な忍びである猫も、どちらも伊達に、政宗に必要な人間だ。
 小十郎が成実を迎えにきたら、猫をもう一度、黒脛巾に戻して貰えるように頼むつもりだ。
 どちらも拒否するかもしれないが、そこは何としてでも戻ってもらう。政宗が天下を獲るには、出来るだけの戦力が必要なのだ。
 の予想通り、成実と猫は拒否するだろう。そして、こそが、政宗が天下を獲るために必要なのだと思うだろう。だが、は自分はもう政宗には必要とされていないのだと、そう思っている。
 とりあえず、成実が帰ってくる前に、夕食の準備でもしておこうと屋敷を出た。

「うそ……」

 屋敷を出たが、その場に固まってしまった。
 そこには、蒼い竜が立っていた。


次へ 戻る

卯月 静 (08/01/12)