【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 六拾
「なんで……」 は驚きで、ただ、この一言しか言えなかった。 この場所が分かったことは、何も不思議ではない。小十郎には伝えたから、小十郎から聞いたのだろう。 だが、政宗がここにいるということに驚いた。成実のことを迎えにきて欲しいと、小十郎には言ったのだが、てっきり小十郎がくると思っていた……。 ひょっとして、自分に会いに来たのだろうか。そんな自惚れめいた考えが過ぎる。 だが、それはないと、すぐさま否定する。政宗は成実を連れ戻しにきたんだろう。 「…………成実を連れ戻しに来たんですね。多分もう直ぐ戻って……」 「違う」 「…………では、家臣を誑かした私を罰しにでも来たんですか?」 そんなことは思っていないが、こうでも言わないと感情が溢れてしまってどうにもならなくなりそうだった。 どうして、自分のことを忘れてしまったのかと、せめてしまいそうだった。 どちらにしろ、こんな言い方では、政宗の神経を逆撫でし、尚嫌われてしまうだけだと言うのに……。 「そうじゃねぇ。アンタに会いに来たんだ……」 トクンッと心臓が大きく跳ねる。 政宗はゆっくりと、に近づいてくる。政宗が近づいてくるのは分かるのに、は金縛りにあったように動けない。 政宗は傍まで近づくと、に手を伸ばす。 パシンッ!! 乾いた音と共に、政宗の手は払いのけられた。 払いのけたのは、ではない。 と政宗の間には成実がいた。走って来たようで、肩で息をしている。彼が、政宗の手を払いのけたのだ。 「何しに、ここに来たんだよ」 いつもの彼らしくない、低い声。どことなく政宗の怒った時に似ている。やっぱり、従弟だなと、はぼんやりと考えていた。 成実は政宗を睨みつけるたまま叫ぶ。 「今更……今更、ちゃんに何の用だっ! どの面下げて、ちゃんに会いに来やがった!」 「……と話をさせてくれ」 いつもとは違う鋭い眼で睨む、が、それに怯む政宗でもない。 そのまま、暫くの間、成実と政宗は睨みあっていた。いや、正確には成実が政宗を睨んでいたのであって、政宗は睨んではいない。 成実はちらっとを見る。は驚きで、動けないようだったが、嫌がっているような様子でもないし、辛そうな顔をしてるわけではない。 それに、は会いたいと思っていたのだろうに違いない。なら……と、成実はしぶしぶではあるが、二人の間から、抜けた。もし、政宗がを傷つけるようなことがあれば、その時は割り込むつもりでいる。 「……」 先程より一歩、に近づき、声を掛けられ、は体を強張らせた。 「……すまなかった……」 思いもよらぬ政宗の言葉に、は政宗を見上げた。 「短刀の贈り主が誰なのか、聞いた……」 贈り主が誰か分かった、と言うことは、の気持ちも政宗に知れたのだ。 ははっきりと、あの短刀は『大切な人から贈られた』と言った。 「俺は、嫉妬してたんだ……。アンタのことは覚えてないのに、アンタが、他のヤツに笑いかけているのが許せなかった。よく考えりゃ、それは、嫉妬からくる餓鬼っぽい独占欲だ。だが、どうして、そんな風に思うのか、分からなかったんだ……」 政宗は、から視線を外さない。 「好きだ、俺の傍にいてくれ……。俺にはアンタが必要なんだ」 「……なんだよ、ソレ……」 成実は政宗を睨みつける。 「あれだけ、散々ちゃんを傷つけて、突きはねておいて……。今更それを言うのかよっ!!」 「……理由にならねぇことは分かってる……」 「ちゃんを、連れて帰るつもり?」 成実は政宗を睨み付け、今にも飛び掛らん勢いだ。 「でも……本当、今更だよね」 いつもの、明るい成実らしくない、意地悪で、冷たい笑みを浮かべる。 「男と女が一つ屋根の下で暮らしてて、何もない、とでも思ってるわけ?」 成実の発言に、一番驚いたのはだ。 成実との間に何も無い。この屋敷で暮らしてはいたが、それは昼間だけで、夜になると、成実は、付いてきた猫とだけにして、屋敷から去る。 「……本当、なのか?」 政宗は、成実には聞かず、に聞く。 は迷っていた。このまま肯定すれば政宗とはもう会えないだろう。 だが、否定したところでこれから先、また辛い思いをするだけなのではないだろうか……。 城を出たのは、政宗を忘れることが出来るかもしれない、と思ったからだ。嫌いに成れないなら、傍にいなければ、時間が忘れさせてくれるかもしれないと、浅はかにもそう思った。 だけど、政宗は自分を好きだと言った。再び、自分のことを想っていると……。 「……それは……」 いいどよむを政宗は見つめる。 の瞳は、どうしていいのか、迷っていて、尚且つ不安を抱えている。だが、その中に、自分に対する想いが消えていないことも、政宗は感じとった。 その瞬間、頭よりも先に、体が動いていた。 「……政……宗?」 無意識のうちに、政宗は、を抱きしめていた。 只抱きしめているだけなのに、心が満たされる。やっと、欲しいモノを手に入れたというような感覚。 ずっと、自分が欲していた者。 求めていた者は直ぐ傍に居た。男の本能としてではなく、心が彼女を欲していた。 抱きしめただけで、体どころか、唇さえ重ねていない。なのに、これほど満たされるとは思ってもみなかった。 ずっと、このまま腕の中に入れたままで、手放したくない……。 自分は、この温もりを知っている。 頭の中に記憶はなくとも、心と体は彼女を忘れてはいない。 何よりも愛おしくて、大切にしたいと想っていた女性だ……。 政宗は一層腕に力を込めた。 どうして、自分は彼女を忘れてしまっているのだろうか。 記憶がなくても、こんなにも、想いが残っているというのに……。 勝手に勘違いして、嫉妬して、傷つけて……。自分は、彼女に辛い思いをさせた。 だけど……。 「悪ぃが、成実。手前には渡せねぇ」 次へ 戻る 卯月 静 (08/01/15) |