【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 六拾壱
政宗の声音が、変わった。 それを、と成実は、はっきりと感じた。 いや、声音だけでなく、表情も変わったのだ。以前の、記憶を失くす前の彼の表情に近い。 「政宗……記憶が?」 「いや、記憶が戻ったわけじゃねぇ。だが、が俺にとっての何なのかは分かる」 強く、そして、優しい空気が、政宗の周りに流れている。 「……城に戻るぞ」 「……帰らない」 「ちゃんっ?!」 政宗が以前のように戻ったことで、めでたしめでたし、と思っていた成実は声を上げた。 何も遠慮する必要はない。以前のように、は政宗に想われているのだから。 「……俺が許せないか……」 記憶が無かったとはいえ、政宗はに酷いことをしすぎた。 そのことは、今、政宗は後悔していはいるが、だからと言って、落ち込んでいるわけにはいかない。 「そうじゃなくって……確かに、政宗の態度は辛かったけど、それが原因じゃなくて……」 は視線を外して、俯く。 「私は、政宗が思ってるよりも、嫉妬深いの……政宗に私以外の女の人が近づくのは嫌だし、政宗が他の人に触れるのも嫌だし」 の目には段々涙が溢れてくる。 彼女が言っていることは、そのまま政宗の気持ちにも他ならない。 に他のヤツが寄ってきたり。触れたりするのは許せない。それが成実や小十郎であっても、嫉妬が湧く時があるのだから、始末に終えない。 「でも……この時代は、男の人に奥さんが沢山いるのは普通なんでしょ?」 一夫多妻のこの時代。家が潰れないように、跡継ぎを確実に作る為に、男が、特に城の城主なんかが側室を設けるのは常だ。愛妻家と名の通っている武将も、側室がいなかったわけではない。 だが、現代人のには、一夫一妻の概念しかない。仕方ないとは分かっているが、気持ちがついていかない。 最初は、傍にいれるだけでいいと思ってた。政宗が他の人を好きになっても、政宗に正室ができても、傍にいてもいいと言ってくれるなら、それでもいいと思っていた。 でも、人間は欲深いから、自分だけでいて欲しいと思ってしまうようになった。 そして、政宗が城下に出かけて、他の人の香りをさせて帰ってくる度に、嫉妬した。 「他の人がどうなのか知らないけど……私は、政宗に自分以外の奥さんがいたら、きっと耐えられない……だから、今だったらまだ……」 「離れられる、か?」 頷くの目から、涙が伝う。 政宗はを強く抱きしめた。 が嫉妬したと聞いて、嬉しくなった。同時に、そこまで彼女を傷つけていたと知って、胸が痛んだ。 「アンタはそうでも、俺は違う。が居なくても生きてはいける。だけど、心が死ぬ。が望むなら、アンタの他に妻は娶らない」 「でもっ、それじゃいけないんじゃ……」 自分以外に妻を持たないと言われて、嬉しくないわけはない。だが、それで周りは納得するのだろうか……。 「構わねぇ」 「……政宗……本当にいいの?」 「ああ。アンタが俺のことを、憎んでいても、嫌っていても構わない。俺の傍にさえいてくれるなら」 は政宗の首に腕を回し、抱きつく。 「……嫌いになってたら、未だに、奥州(ここ)にはいないよ」 政宗は、そっとを、抱きしめ返した。 次へ 戻る 卯月 静 (08/01/18) |