【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 六拾四





 城で居る間、は殆ど袴姿で過ごしている。
 小袖もあるにはあるが、やはり、いかにも着物、という物は動きにくい。
 動きやすさから言えば、こっちに来るときに着ていた現代での服だが、あれでは目立ってしまうので、小十郎の畑を手伝う時だけにしている。
 そうなると、やはり袴は動きやすい。走っても着崩れることも少ない。
 一度小袖を着て走ってしまい、思いっきり着崩れてしまい、周りに小袖を着て走るなと言われ、小袖はあまり着ないようにした。。
 だが、だって女の子。たまにはオシャレがしたい。ということで、久々に着物を着てみることにした。
 タンスから政宗が贈ってくれた着物を取り出す。
 前は一人では着れなかったが、今はきっと着れるはず! と誰も呼ばずに挑戦する。

「…………誰か呼べばよかった……」

 が、そう簡単にはいかない。小袖であれば一人で着ることもできただろうが、これは小袖ではない。
 どちらかというと、振袖に近い物な為に、一人で着ることは叶わなかった。
 だが、今この状態で人を呼びにはいけない。何故かといえば、簡単に言ってしまえば、あられもない姿だからだ。

「…………猫……そこに居たりする?」

 天井に向かって、助けを呼べば、溜息と共に人が降りてきた。

「着られないなら、さっさと呼びなさいよ」
「……ごめん。そして、お願いします」

 猫はどうやら、が着物を着ようとした時からいたらしく、思いっきり呆れている。というか、盛大に溜息を吐かれてしまった。
 だが、なんだかんだいいつつ、猫は呆れながら、手早くに着物を着せる。
 ついでだからと、髪や化粧もやってくれた。
 結局全て猫にやってもらい、一人では出来なかった。
 少しそのことに落ち込んでいると、やはり呆れながら、今度教えてあげるからと言われた。

「猫が嫌がらせする原因になった着物を着せてもらうのってなんか不思議」
「アンタ、喧嘩売ってるの? 今すぐ脱がせてもいいのよ」

 別に嫌味などで言ったわけではなく、純粋に思ったことを口にしただけだが、猫に睨まれた。
 脱がされてそのままにされてもいけないので、ここは素直に謝っておく。

「じゃ、私はこれで」

 言うやいなや、猫は姿を消した。彼女はどうやって戻っているのだろうか、と疑問に思う。
 前に、「忍のやることは、何でもありらしいわよ」と他人事のように言われてしまったのだが。
 それはさて置き、折角オシャレをしたわけなので、やはりここは一番に見せに行きたい。
 は足取り軽く、少し恥ずかしいなと思いつつ、ある場所に向かった。
 部屋に着くまでに、彼がどんな顔をするのかワクワクしつつ少し小走りになりながら急ぐ。

「政宗、入っても大丈夫?」

 そっと襖を開けながら、中を伺う。忙しい仕事の真っ只中なら、邪魔をするのはマズイ。

「ああ、大丈夫だ」

 許可が出たということで、襖を思いっきり開ける。

「それに、アンタなら、仕事中……で……も……」

 振り返った政宗の言葉尻は段々小さくなり、終いには呆けてしまった。
 久々に着たから、どこか可笑しかったのだろうか? 猫にやってもらったから、変だということはないと思うのだが。
 少し不安になりながら、政宗をジッと見つめる。

「ひょっとして……どこか、変?」
「……いや」

 の声に我に返った政宗は、手招きをする。
 傍まで行くと腕を引っ張られ、政宗の上に座る形になってしまった。

「You're beautiful.」(綺麗だ)
「サ、サンクス」

 間近で見つめられて、優しく微笑みながら、そんな風に言われてしまい、照れてしまった。辛うじて返事を返すも、今は全身が心臓になったみたいにドキドキしている。

「もっと頻繁にそういう格好しろよ。前みたいに、小袖で走られても困るけどな」
「いや、だって、恥ずかしいし。そりゃあ、ずっとこれ着てなかったけど……」

 頻繁に着たいとは思うが、自分で出来ないし、こんな豪華なのを城の中で着るのは気恥ずかしい。

「……ん?」

 一瞬、政宗の言葉に違和感を感じた。別に彼が変なことを言ったわけではないが。
 政宗を見ると、相変わらず笑顔で、自分を見ている…………。

「……え? ……今、さっきの……」
「ああ」

 そう、記憶がないからと、今までいろいろあったことを、政宗に話した。一揆の時に会った時から、城を飛び出してしまったことや、もちろん、猫の騒動のことも。
 だが、全部というわけではない。全部が全部も覚えているわけではない。
 小袖で走って、着物が乱れ、小袖の時は走るなといわれたことは確か話してはいないはずだ。
 だが、先ほど政宗ははっきりと言った。ということは、すなわち……。

「うわっ!!」

 は政宗に抱きつき、予想してなかったの行動に、政宗は後ろに倒れる。
 何か言いたくて仕方がないが、胸がつまって何もいえない。
 政宗はそんなの背をそっと撫でる。
 やっと、彼が帰って来た。


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卯月 静 (08/01/29)