【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 六拾七





 旅行というわけではないが、それでも、政宗と遠出となると、少なからずテンションは上がる。
 訪問先も、訪問理由も、奥州筆頭である政宗にしてみれば、仕事のうちなのだが、それでも、「政宗と旅行」という気分では始終機嫌がよかった。
 移動の手段はもちろん馬だが、今回は長旅ということもあるのか、政宗は必要以上に飛ばそうとはしない。
 それどころか、ゆっくりと馬を進めてくれる。
 政宗と旅。と言っても二人っきりではない。政宗の命を狙う者は多いし、この間も危険な目にあった。
 だから、供に小十郎も付いてきている。彼の馬には、旅の荷物も乗っている。政宗の馬にが乗るので、馬の負担を少なくするために、小十郎の馬に乗せてあるのだ。
 程なくして、旅籠に着いた。今晩泊まる場所だ。
 まだここは、伊達の領地で、この旅籠も前にがお世話になった所と同じように、伊達の情報源になっているうちの一つだ。
 特にここは、国境に近い為に、情報が入ってくる量も多い。

「政宗様。お待ちしておりました。御部屋は既に御用意できておりますので、どうぞこちらへ」

 入り口では、この旅籠の女将であろう女性が待っていた。
 荷物は宿の者に頼み、政宗と、そして、小十郎は女将についていく。

「こちらの二部屋で御座います。何かあればお声をかけて下さいまし」

 そう言うと、女将は一礼して下がった。

「小十郎、お前はそっちの部屋を使え。俺達はこっちを使う」

 小十郎が荷物を持ってきた人達に指示しているのを見ながら、危うくは政宗の言葉をスルーする所だった。

「え?! ちょっ! 俺達って、私、政宗と同じ部屋?!」
「No wonder. 嫌なのか?」(当たり前だろ)
「別に、嫌とかってわけじゃなくて……」
「隣は俺の部屋だから大丈夫だ。それに、いくら政宗様でも、旅先でおかしな事はなさらないはずだ」

 会話に入って来た小十郎を見て、政宗はうんざりした顔になる。いや、うんざりと言うよりも、耳が痛いといった感じだろうか。どちらにしろ、小言を聞いている時の彼の表情だ。

「小十郎。ここは気を利かせてやろうとか思わねえのかよ」
「今は旅の途中です。目的地まではまだありますし、遅れるわけにはいかないのですよ。そのことは政宗様なら重々御承知していらっしゃると思ってましたが」
「I see. I see.」

 もういい、とばかりに政宗は手を振る。
 分かればいいといった様子で、頷くと、小十郎は自分の与えられた部屋に入った。
 それを見て、政宗とも部屋に入る。
 別には政宗と一緒な部屋が嫌なわけではない。ただ、気恥ずかしいのだ。
 だが、部屋に入った瞬間にその気持ちは消えた。

「うわぁー……」

 部屋に入り、窓を開けるとの口から感嘆の声が漏れた。
 窓からの景色は、文字通り絶景。
 きっと、この部屋はこの旅籠で一番の部屋なのだろう。

「露天風呂もあるらしいからな」
「露天風呂もあるの? 楽しみー!!」

 はしゃぐを見て、政宗は笑みを零す。
 一緒の部屋だと言った後のの反応の理由くらいは分かっていたし、そういう反応をされるだろうとも思ってた。
 一緒の部屋にするために、最初から部屋は二部屋しか頼んでない。
 小十郎には釘を刺されたが、政宗はそういう行為をする為に一緒の部屋にした訳ではない。
 したいか、したくないかと言われれば、そりゃあ、したいと答えるが、そういうことは無理強いするものではないし、慣れないだろう長旅に、に余計な負担は掛けたくなかった。



 風呂を入る時、は湯帷子は着ない。
 服着て入っている気分になるからだ。だから、湯帷子の生地で作った大きな布を持ってきていた。で、今回もそれを体に撒いているのだが……。

「そんなに離れてねえで、こっちこいよ」

 正直、湯帷子が欲しいです。というか、邪道だと言われようと、水着きて入りたい気分です。

「うわっ! ちょっと、引っ張らないでよ。扱けて溺れたらどうすんの」

 政宗に腕をひっぱられ、湯の中だから、抵抗することもできず、彼の腕の中に収められる。

「溺れたら、俺が介抱してやるよ」

 布一枚というのは、酷くたよりないもので、背中に政宗の肌が触れているのがよく分かってしまう。
 顔が熱いのは、温泉に浸かっている為だけではないだろう。

「混浴だとは思わなかった……」

 入り口は男女別々だった。だから、てっきり別々だと思ってたのに、入ったら政宗と鉢合わせた。
 混浴だと分かっていたら、湯帷子を着たのに。
 布を巻いているだけよりも、湯帷子を着ていた方が恥ずかしさは減るはずなのだ。
 政宗のことだから、それを分かって、何も言わなかったのだろう。

「そういや、ここに泊まってるのって私達だけ?」

 宿に着いてから、他の人を見かけなかった。

「ああ、今日は貸切だ。だから、他の奴が入ってくることはねえよ」

 宿を貸切にするなんて、さすがというかなんというか。奥州筆頭である政宗だからできることだろうが。
 どちらにせよ、他の人が入ってこないのなら、混浴でもまあいいかという気になった。



 宿が用意してくれた料理はとても素晴らしかった。
 豪華さでいえば、城での食事の方が美味しいが、季節の物を使っていて城の料理とはまた違った美味しさだ。
 が気に入った、と言った料理の作り方を政宗が料理長に聞いていたようだからひょっとしたら、城に帰ったら作ってくれるのかもしれない。
 夕食は別の部屋で取ったため、寝る為に部屋に戻ると、案の定布団が敷かれていた。
 それも、一組だけ。
 しかも、食事の時に女将に。

「奥方様にそのようにお褒め頂いて光栄でございます」

 とにこやかに言われた。言われたときは驚いたが、たぶん政宗がのことを自分の室だと言ったのだろう。

「もう、寝るぞ」

 夕食の時のことを思い出していたが、声に我に帰ると、政宗は布団に既に入っていた。
 そして、掛け布団を捲って、自分の隣をポンポンと叩いた。
 つまり、ここに入れという事だ。
 今更抵抗してもしょうがないので、政宗の隣に潜り込む。
 すると、直ぐに腕を回された。
 人の体温を感じていると、今日ははしゃぎ過ぎて疲れたのか、直ぐに睡魔が襲ってきた。

「政宗、おやすみ」
「Good night, honey.」

 スーと眠りについてしまったを見て、苦笑する。
 あんなに恥ずかしがってたのに、布団に入るとあっと言う間に寝てしまった。
 本来なら、一番恥ずかしがるのは今じゃないのかとも思う。しかし、そうじゃないところが彼女らしいといえば彼女らしい。
 好きな女が傍で寝ていて、よく我慢できるなと他の奴なら言うだろう状況。
 だが、政宗にとって、今自分の腕の中にがいるということは、何より安心できることだ。
 こうやって捕まえて置けば、彼女が居なくなることはない。そういった安心感。
 の温もりを感じながら、理性が保てる間にさっさと寝てしまおうと、政宗も目を閉じた。  


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卯月 静 (08/03/04)