【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 六拾八
虎の治める国、甲斐。 その甲斐の町は、奥州とはまた違った活気で満ちていた。 町の人々に笑顔が多い、というのは同じだが、やはり、国が違えば町の雰囲気というものも違う。 なにより、売っている物も少しばかり違う。 奥州では見られない物もここには多くあった。 寄り道をしようとする政宗の手綱を握るのは、もちろん小十郎。 いつもなら一蹴するが、今回はそれもできない。しぶしぶ政宗はそれに従った。 城には数日滞在する予定だから、後でくればいいだけの話だ。 甲斐に入る前、先に来ていた猫とたちは合流した。今は四人になっているのだ。 城まで来ると、何も問題なく案内された。 も一応は城に住んでいるから、城自体は別に緊張する物でもないが、それは政宗のいる城はという話で、他の国の城となると緊張する。 何より何か下手を打てば、即、戦になりかねないと言うのは、責任重大で、の緊張に拍車を掛けていた。 「Chill out, honey.」(力を抜けよ) 隣にいる政宗にそれが伝わったのか、彼はの腰に腕を回して引き寄せ、耳元で囁いた。 もちろん、それでの緊張は和らいだが、別の意味でドキドキしてしまった。 その様子を見て、政宗は笑みをこぼし、後ろに居た小十郎と猫は溜息をついた。 まるで奥州にいる時と態度が変わらない、ここは奥州の政宗の城ではない、他国の城だ。なのにこの態度。 の緊張が少し無くなったことを知ると、政宗は直ぐに腰に回していた腕を解いたのは、少なくともここが他人の家だと認識しているのだろうとは思うが。 「信玄様が来るまで、こちらでお待ち下さい」 頭を下げ、案内をした者は下がっていった。 程なくして、この城の主である甲斐の虎、武田信玄がやってきた。 「態々ここまで来てもらってすまぬの」 「いや、同盟の話は俺の方から言い出したことだからな、当然だ」 でかい……、というのがの信玄に対する第一印象だった。 体格ががっしりしていて、それが彼の貫禄に拍車をかけている。 もちろん、体格がいいからというだけではなく、内側から感じられるものも常人のそれではなかった。 人の上に立つ者の雰囲気がある。 「本当は手前ぇとの決着をさっさと着けたかったんだがな」 政宗は、信玄の隣に座する青年を睨んでいる。 政宗に睨み付けられたというのに、青年はいくらも臆する様子もなく、彼の視線を受け止め、さらに、睨み返す。 「それは某も同じこと。だが、この幸村、お館様の決断されたことを無駄にする程馬鹿ではござらん」 「相変わらず、お熱い忠誠心だな」 言葉のみだが、二人の間には険悪な雰囲気というか、好戦的な雰囲気が漂っている。今にも切りかからんばかりだ。 「して、その娘が例の?」 二人を遮り、信玄は政宗の隣にいる女に視線を投げかける。 「ああ、そうだ。アンタが『竜の宝珠』を見てえって言うから連れて来たんだ」 「お初に御目にかかります。『愛(めご)』と申します。以後どうぞお見知りおきを」 女は三つ指をつき、優雅に頭を下げる。 顔を上げようとしたが、それは叶わなかった。 ストッ、ストッ、ストッ。という音と同時に、『愛姫』は飛び下がった。 そして、彼女が居た所には、三本の棒手裏剣が刺さっている。 幸村は驚いているが、信玄は動じている様子はなく、政宗はと言うと、天井に視線を向け、いや、睨みつけていた。 「奥州筆頭の奥方様にだなんて、大出世じゃん」 軽いともとれる調子の声とともに降りてきたのは、迷彩柄の忍装束に身に着けた男だった。 次へ 戻る 卯月 静 (08/03/09) |