【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 六拾九





 天井から降りてくるという事は、彼は忍なのだろう。
 だが、彼は忍らしくない迷彩の着物を着ている。
 としては、そんなことよりも、この時代に迷彩柄があったことの方が驚きではあった。
 天井から忍が降りてくることは、驚くようなことではない。
 伊達には黒脛巾という忍衆がいるし、なにより、猫だって天井からよく降りてくる。

「佐助ッ!! 客人になんて事をッ!」

 信玄の隣にいた青年は声を上げるが、それは忍によってあっさり流された。

「はいはい。旦那は黙っててねー」

 声は軽く、口調も軽い。だが、その瞳だけは鋭く、『愛姫』から視線を外さない。

「この場で、攻撃してくるとは、随分な歓迎だな」

 政宗は庇うように、の前にいる。隣に控えていた小十郎の手も刀にかかっている。

「どうして攻撃したのかってのは、竜の旦那達が一番分かってるんじゃないの?」

 佐助のこの言葉に、政宗は息を吐く。
 相変わらず佐助は『愛姫』を睨んではいるが、そこに殺気は感じられない。
 信玄が何も窘めないところを見ると、信玄は知っていたのだろう。
 政宗の警戒が緩んだのを見て『愛姫』が口を開く。

「いきなり手裏剣を投げてくるだなんて、無粋ね。怪我でもしたらどうしてくれるのよ」
「怪我? そんなのお前ならしないだろ。俺様が天井にいるの分かって何もしてこなかったくせに、よく言うよ」
「あら、『愛姫』が天井にいる忍の存在に気づいたら、それこそ可笑しいじゃないの」

 佐助と呼ばれた忍と『愛姫』との会話に、信玄方の青年はキョトンとしている。
 無理も無い、自分の部下が、同盟相手の奥方に攻撃したかと思えば、部下と奥方はなにやら知り合いらしいのだから。

「さ、佐助……これは一体……」
「そこの『愛姫』は偽物ってこと」

 そこ、と佐助は『愛姫』を指差す。

「偽物?!」
「多分、本物の『愛姫』は竜の旦那の後ろに居る娘でしょ。偽物の方は、竜の旦那の所のくのいちだよ」

 青年は、政宗の後ろにいると『愛姫』を順に見る。

「そろそろ、改めて紹介をしてくれぬか」
「Okey. 騙すような真似して悪かったな。直ぐに言うつもりだったんだがな。まさか攻撃されるとは思ってなかったぜ」

 今まで口を開かなかった信玄が、促した。
 政宗は佐助を睨みながら、応え、睨まれた佐助は、「おー、恐っ」と肩を竦めている。

「コイツが正真正銘の『竜の宝珠』であり、俺の正室だ」
「えっと……、初めまして、名をと申します」
「そんなに固くならずともよい」

 急に振られ、は固くなりつつ何とか挨拶をする。

「わしが武田信玄じゃ。そして、こやつが真田幸村。そこの忍が猿飛佐助じゃ。先ほどはすまぬの。忍と分かっていたとしても、そちらの娘には不意打ちのような真似をした」

 信玄は、順に紹介していった。
 信玄の隣にいるのが、真田幸村で、忍は猿飛佐助と言うらしい。
 猿飛佐助といえば、真田十勇士で有名だが、他の九人はいないのだろうかと、は疑問に思う。

「いいえ。私は主を守るのが役目ですので」

 『愛姫』いや、猫は頭を下げた。
 武田の城に入る少し前から、と猫は入れ替わっていた。
 猫が「竜の宝珠」である「愛姫」として、そして、は政宗付きの女中の振りをしていた。

「最近狙われることが多くてな」

 政宗は、簡単にが狙われていることを話した。
 狙った相手が誰かはまだ分かってはいない。だが、少なくとも武田軍ではないことは確かだ。
 信玄は頭も切れるが、彼がもし狙うとすれば他の忍を雇わず、あの佐助が出てくるはずだ。
 だが、二度とも雇われた者だった。だから、武田でないことは間違いないだろうと、同盟の話をいれたのだが、どこから情報が漏れるか分からないので、念には念をということだった。

「いつから知ってた?」
「姫さんの容姿は知ってたけどね。まー決定打は旦那達が城に来てからだけどね」

 佐助は同盟の文が奥州から来る前から、噂の「竜の宝珠」について調べていた。
 運よく本人についての情報を得ることが出来たし、怪我の功名でと接触することも出来た。
 だからと言って、彼女がそうだという確信はなかったのだが、城に来たとき、知ってる忍が「愛姫」として振舞っているわ、「竜の宝珠」だと思ってた娘は女中だわ、で情報を誤ったかと思った。
 最初は、「竜の宝珠」自体連れてきていないのだろうと思ったのだ。
 しかし。

「いくら女中ったってさ、あれだけ部屋でべたべたされたら、この娘がそうだと思うって」

 こっそりと、政宗達の控えている部屋を覗いた。
 すると、政宗は「愛姫」ではなく、女中の彼女を腕の中に入れてるし、それを「愛姫」も小十郎も気にしてない様子だった。
 明らかにこれが日常的なのだと思った。
 只の女中を連れてくるのも可笑しいとは思ったが、それではっきりしたのだ。

「え! 見てたんですか?!」

 佐助の答えに声を上げたのは
 は全く気づいていなかった。政宗はきっと気付いていて、気づかない振りをし、佐助に、見せ付けていたのだろう。

「うん、ばっちり」
「政宗、気付いてた」
「Yes」
「…………誰もいないから大丈夫っていったくせに」

 人様の城ということもあり、最初は、政宗が自分を腕の中に入れるのを拒んだ。
 だが、ここにいるのは、猫と小十郎だけだし、少しくらいだったら大丈夫だと言われ、結局流されてしまったのだ。
 それが、まさかばっちり見られていたとは……。

「虫除けをする必要もあるからな」

 そう言って、政宗はを後ろから抱き込む。
 抵抗するに気にした様子もなく、政宗は佐助を見ている。というか、睨んでいる。
 にらまれた佐助は政宗がここまで、独占欲をむき出しにするのも珍しいと思っていた。派手で、言いたいことをあけすけなく言う彼だが、自分の気持ちはあまり言わないのではないかと思っていた。特に他人の前では。
 だが、天井裏で見ている時から、彼の視線が痛いのだ。
 きっと、自分は危険だと見なされているのだろうなと佐助は思う。
 信玄が彼女に手を出すことは無いだろうし、他の武将は臆して近づけまい。
 幸村は純情だから、端から相手にしていない。
 臆することなく、近づけて、どんな意図を持っているとしても、に近づきそうなのは猿飛佐助だと判断されたに違いない。
 竜に敵視されるということは、そこそこ佐助がいい男と認識されているからだろう。しかし、敵視されるのはいいのか、悪いのか。

「人の女に手出すほど不自由はしてないよ、俺様。ねー旦那」

 佐助が幸村をみると、幸村は顔を真っ赤にしていた。
 あ、これは刺激が強すぎたかと佐助が思い、耳を塞いだ。

「は……は……破廉恥であるぞぉーーーーーーーーっ!!」

 腹筋を思いっきり使った大音量の叫び声を上げながら、幸村はどこかに走りさっていった。


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卯月 静 (08/03/15)