【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 七拾壱





 土地が変われば、城下の雰囲気も変わる。
 当たり前のことだが、城下に下りて改めて実感した。
 この城下の町は、城に行く前にも通ってはいるが、あの時は城で信玄に会うのが最優先だったから、じっくりとは見てない。
 城下の町の印象が、奥州のものしかないにとって、他の国の雰囲気を楽しめるのは貴重だった。
 わくわくと、楽しそうに店を回るとは対象的に、政宗は幾ばくは機嫌が悪かった。
 それも無理はない。何故ならば……。

「何で手前ぇ等もいるんだよっ!」

 政宗は、先頭を切って町を案内する青年とその忍に怒鳴る。

「客人を案内しろと、お館様に言い付かったからだが?」

 なんで政宗が怒っているのか分からない幸村は、首を傾げている。
 隣にいる佐助は、政宗が何故怒っているのか分かっている為に、苦笑いをしている。

「まあまあ。竜の旦那。気持ちは分からなくはないけどさ、旦那方が客人なんだからさ。何かあったらそれこそ戦になりかねないっしょ?」

 俺達の立場も分かってよ、と言った様子で佐助は政宗を宥める。
 政宗は深く息を吐いた。彼等の立場が分からないわけではない。お忍びできてるのではなく、正式な訪問。その最中に何かあれば同盟破棄どころの話ではない。

「お前等の立場は分かった。で、どうして、小十郎と猫まで付いて来てやがる」

 先ほど以上の睨みを利かせて、小十郎を見る。
 武田側ならいざ知らず、小十郎達はきっと政宗の希望は感じ取っていたはずだ。いや、感じ取るまでも無かったはずだ。
 なのに、付いてきた、それも二人供。
 猫が付いてきたお陰で、は猫と回っている。女二人で楽しそうに見て回る姿は、微笑ましいとは思うが、別に鑑賞する為にと城下に来たわけではない。
 できれな、の隣で一緒に回るのは自分でいたかった。

「政宗様とをお守りする為です」

 言い切る小十郎に、政宗はもういいといった様子で、手を振る。
 ここで何か言えば、小十郎の小言が始まるのだろう。

「政宗、政宗」
「何だ?」
「ちょっと、行って来ていい?」

 が指差した先は、小物屋で、簪やら腕輪やらが置いているのが見える。

「ああ、行ってこい。俺等はそこの茶屋で待っててやるから」
「ありがと」

 御礼を言うやいなや、は猫と小物屋に入って行った。
 それを見つつ、茶屋の長椅子に腰掛る。

「猿、何か言いたいことがあるのか?」
「いやぁ〜。本当に姫さんに甘いんだなってね」
「惚れた弱みってやつだろ。羨ましいか」
「別に。てか、竜の旦那はからかいがいがないね」
「誰がお前にからかわれてやるかよ」

 武田の純情青年ならいざ知らず、百戦錬磨な政宗が少し茶化されたくらいで、慌てるはずもない。
 分かっていたが、顔色一つ変えない彼に、佐助は残念だと思った。彼女が関われば普段見られない奥州の竜が見れると思ったが……。




 小物屋には珍しい物もあった。南蛮の物を真似して作ったような物もある。
 だって、女性で、こういう物を見るのは楽しい。
 その上今回は猫もいる。あれが可愛いやら、これは似合うやらといいつつする買い物は久々だった。

、そろそろ戻ろうかしら。政宗様のご機嫌があれ以上悪くならないように」
「長く居過ぎちゃったかな?」

 政宗達をあまり待たせても悪いと、猫の言葉に従う。
 は買った小物を見て、思わず口元が綻ぶ。
 いつ使うかは分からないが、使ったとき政宗はなんと言ってくれるだろうか。
 そんなことを考えて思わず口元が綻ぶのだ。
 だが、店を出て、茶屋に目を向けて、の眉に皴が寄った。

「どこからいらしたんですかぁ〜」
「お時間があるなら、私達と一緒にお食事でもどうですかー?」

 政宗が女性に囲まれている。
 正確には政宗だけではなく、その隣にいる幸村もだ。
 小十郎と佐助はどこかに行ったらしく姿が見えない。
 自分の恋人が、他の女に声を掛けられて気分がいいはずもない。
 政宗はうっとうしそうにしているが、幸村は真っ赤になってそれどころじゃないらしい。
 場所を離れれば女性達も諦めるかもしれないが、達とはぐれるわけにはいかないので、その場を離れることが出来なかったのだ。

。すっごい顔してるわよ」
「えっ! 嘘っ!」

 笑いながら猫に言われ我に戻る。

「ほら、さっさと追っ払いに行くわよ」

 猫はの手を掴み、ズカズカと政宗達の元へ行く。

「ちょっと。人の男に手ぇ出すの止めてくれるかしら」

 猫の声に、女達は振り向いたが、その目は「何、この女」と言っている。

「何よ。横から出てきて偉そー。置いてけぼりにする薄情な女よりも、私達と一緒にいた方が楽しいに決まってるでしょー」

 女達は引く気はないようだ。

「あら、貴方達見たいな色気も何もない女よりも、私の様な女といる方が、男としては嬉しいんじゃないかしら」

 だが、猫も負けていない。
 は猫がやることを見ていた。というか、口を挟みたくても挟めない……。
 猫の言葉にカチンと来たようだが、猫は本人がいうとおり美人で色気がある。その部分は彼女達には勝ち目はない。
 それは本人達もわかっているらしく、悔しそうに睨んでいる。

「なら、そっちの子はどうなのよ。そっちの子よりも、私達の方がいいに決まってるわ」

 猫に勝てないと分かった途端、女達はに矛先を向けた。
 幾ばくかカチンとくる。確かに目の前の女性達は綺麗といえば綺麗だし、自身は別にモテるタイプではない。
 だが、それをどうして、初めて会った人間に言われなければならないのか……。

「あんた達、いい加減にっ……んっ?!」

 が何か言おうとしたが、それは叶わなかった。

「んぅ……んっ……」

 言葉の途中で、の口は政宗のそれによって塞がれていた。
 しかも、執拗に深く、角度を変えて口付けられ、段々と息が出来なくなる。
 その場に居た人間全てが、二人を見ていたが、はそれどころじゃない。
 息ができず、苦しくて、政宗の胸を叩けば、やっと開放された。
 開放されたころには、息が完全に上がってはいたが。

「こういう事だ。他の女じゃ俺を満足なんて出来ねーよ。分かったらさっさと行けよ」

 を抱きしめ、少し怒気を混ぜて言う。
 そして、目の前で見せつけられて、それでも食い下がる者など居るはずもなく、女達は走り去っていった。

「さすが、政宗様」
「一番いい方法だろ」
「な、にが、一番、いい方法よ……」

 未だ息の乱れたままで、は声を上げる。
 城の中では慣れたとはいえ、この人々の往来の多いこの場でとなると、恥ずかしくてしょうがない。

「機嫌直ったか? なんなら、もう一回してやろうか」
「い、いらないっ!!」

 の反応を見て政宗は笑う。
 小物屋から出てきた時のの面白くなさそうな表情を、政宗はしっかり見ていた。
 その場を動かなくても、彼女達を追っ払う方法くらいあったが、あの状態を見てがどう反応するのか知りたかった。いや、彼女に焼きもちを焼いて欲しかったというのが本音だ。
 女達の相手をしていたのは猫だが、が嫉妬してるのは感じとれた。
 それに嬉しさを感じ、あれ以上を侮辱されては、自分が何をするか分からないからさっさと追っ払ったのだ。
 子供じみてるとは思うが、これも惚れた弱みというやつだろう。

「政宗……幸村さん、真っ赤になったまま、気絶してるんだけど……」

 純情青年には少し、刺激が強すぎたらしい。


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卯月 静 (08/04/01)