【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 七拾弐
「……よく、やるわね……」 名前を叫びながら、殴り合いを繰り広げる武田主従とそれを唖然としながら見ている。 伊達主従は呆れており、他の武田の者は苦笑している。 甲斐では日常なこの光景も、他国からすれば異様な光景だ。 初めて武田主従の殴り合いを見たは、喧嘩を始めたのかと、慌てていた。それが当然の反応だよなと、近くにいた武田の者は思い、同時に自分達がこの光景になれてしまったことを自覚した。 これが甲斐では日常などだと、いや、あの二人にとっては日常なのだと(武田軍全員がやってると思われては大変だ)佐助が説明し、信じられないといった表情をしつつ納得した。 今もその光景が繰り広げられており、先ほどの声の主はそれを見下ろしていた。 彼女がいるのは、庭にある倉の屋根の上。 普通はそんな所に上ったりしないが、彼女は別だ。 「でも、もう慣れただろ」 「さすがに、毎日されれば慣れるわよ」 彼女は伊達の忍だ。彼女に今声を掛けた迷彩服の男は武田の忍。 身軽な忍は、屋根に上るのもお手の物。 「でも、意外だよ。お前が、姫さんに付いてるなんてさ」 「いろいろあったのよ」 「いろいろねー。あんなに、竜の旦那に入れ込んでたくせに」 武田の忍、佐助は、探るような瞳を猫に向けた。 その目には、何か企んでいるのでは、と言う疑いが混じっている。 「竜の旦那に奥さんできたら、懐柔するか、苛めるんじゃなかったっけ?」 かつて、猫が言っていた言葉を投げかける。 敵同士だから、そんなに話す機会があるわけではない。出会うのは戦場だし、会話は戦闘中だ。 それでも、猫が政宗に恋慕しているのは分かったし、それを使って挑発なんかをしたこともある。その時に彼女は先ほどのようなことを言っていた。 それを聞いた時佐助は、女は恐いと改めて思ったものだが……。 「苛めたわよ」 「ふ〜ん……え? やったの? んでなんで姫さん付き?」 あの政宗の入れ込みようから、に危害を加えて無事でいれるとは思えない。手を出してすらない佐助に、牽制をかけるぐらいなのだから。 「あの子ああ見えて、怒ると恐いわよ。この私に刃物突きつけるくらいだから」 「あの姫さんがねー。普通の子なのになぁ」 「それに……、私じゃ政宗様にあんな顔はさせられない……」 猫は、といる政宗をみる。 奥州筆頭としての伊達政宗の顔は知っているが、一人の男としての伊達政宗の顔は、といる時しか見ることはできない。 「お前といい、あいつといい。どうしてそんなに主に入れ込むわけ」 理解できないとばかりに、佐助は溜息を付く。 佐助の主は幸村だ。彼のことは尊敬もするし、その命にも忠実にしたがう。だが、それは仕事だから。主を守り、主の命を遂行するのが忍の仕事。 主に対し、下手な感情を持てば、それは仕事に支障をきたす。 「あら、私とかすがはまた違うわよ」 佐助はあいつとしか言ってないが、猫はズバリとその名を口にする。 かすがとは、信玄のライバルである上杉謙信の忍。謙信を暗殺しに行き、彼の惚れこみ、寝返った。 ミイラ取りがミイラになったわけだ。 「あの子の場合は恋慕の情というよりも、憧れよ。だから、謙信を愚弄する者は許さないし、賞賛する者には気を許しやすい。なんだかんだで、あの子は純粋だもの」 「恋は盲目っていうだろ?」 「それ言ってて虚しくならない?」 「うるさい」 「言い切ってもいいわ。あの子は男として謙信を見ているわけじゃないから」 「何で、それを俺様に言うわけ?」 「只の一人言よ」 ジトっと見てくる佐助に、猫はにっこりと笑顔を返す。 挑発するればそれに乗ってくるかすがと違い。猫は何かとやりにくい。逆にこちらが手玉に取られかねないのだ。 猫はに呼ばれ、下に降りていった。 「あいつが正直すぎるのか、それとも猫が癖がありすぎるのか……」 対照的な二人のくのいちについて、佐助は一人ごちた。 「楽しかったぁ〜」 はいくつかの荷物を持って上機嫌だ。 本日も城下に下りてのお買い物。 明日甲斐を立つ予定だから、お土産をということで、いろいろ買いに来ていた。 もちろん政宗はいるし、小十郎と猫も護衛の為にいる。そして、幸村もいて、姿は見えないが佐助もどこかにいるに違いない。 城下にでるのは必ずこの顔ぶれだ。 「あれ?」 「? どうかしたの?」 が一点を見ているのに気づき、猫は声をかける。 「あの人……」 視線の先には、うずくまった人間がいた。どこか悪くしてしまったのだろうか。 「ちょっと様子見てくる」 「っ!」 猫が止める間もなく、は駆け寄って言った。 あまり離れるわけには行かないからと、猫もゆっくりではあるが、ついていく。 他の面々はが離れたことには気づくものの、さして気にした様子もなく、ただ見ていた。 それがいけなかったのだ。 皆の頭の中から彼女が狙われているということが抜け落ちていた。 それは、同盟が成立して、この国では狙われる可能性が少ないだろうということもあるし、今までじゃ堂々と襲撃してきていたということもあるだろう。 向こうから近づいてくることはあったも、此方から敵に近づくことはない。そういう甘い認識の結果だ。 「キャァァァァッ!!!」 皆が気づいた時には既に遅かった。 の腕からは赤い血が流れだし、彼女は見知らぬ男の腕の中に捕らわれていた。 次へ 戻る 卯月 静 (08/04/06) |