【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 七拾四
着倒れの都といわれるくらい、華やかな都、京。 歴史のある建築物に、細工の凝られた工芸品。 観光でくるのなら、これほど見ごたえのある場所もそうそうあるものではない。 出来ることなら、共に来たかったと政宗は思った。 だが、今はそれも叶わない。 「ここに居るんだな」 「各地をふらふらとしてるようですので、確かな情報とはいえませんが、猫の情報だと」 今ここには、政宗と小十郎の二人だけ。 猫は一旦奥州に戻らせ、成実や綱元に起こったことを報告させている。 京には観光にきたのではない。彼女を、を連れて行った男について知る者がいると聞いてきたのだ。 「政宗様……」 「そんなに、心配すんじゃねえよ。小十郎、俺はお前が思っているよりも頭に血は昇っていねえ」 自分でも驚くほど、政宗の思考は冷静になっていた。 を連れ去った男への怒りも、彼女をみすみす連れて行かれることになった自分の不甲斐なさ故の悔しさも消えてはいないし、彼女の身を案じない時などない。 だが、政宗の思考は冷静なのだ。彼女を案じながら、その頭の片隅で、どうすれば相手を徹底的に潰すことが出来るのか考えている。 逃がすつもりなんてない。二度と同じ真似などできないように徹底的に潰す必要がある。その為には、頭に血が昇ったままではいけないのだ。 怒りを通り越すと人は、冷静に、いや、冷徹になれるのかもしれない。 「さっさと見つけるぞ」 効率は悪いが、片っ端から目的の人物について訊くことにした。 しかし、思った以上にあっさりと目的の人物は見つかる。 その人物を知っている人と会えたからではない。皆がその人物を知っていたのだ。 「アンタが、前田慶次だな」 町の中心で、京の人々と騒いでいた、一際目立つ青年に声を掛ける。 「確かに俺は、前田慶次だけど。あんた、俺に何のようだ? 俺のことをいろいろ聞きまわってたみたいだけど」 長い髪を高く結い、派手な着物を着ている。その肩には小猿が乗っていた。 「アンタに聞きたい事があってな」 「聞きたいこと?」 「ああ。豊臣のヤツ等について知ってることを洗いざらい教えろ」 「…………秀吉なら大坂城にいるよ。もう帰ってくれよ。折角の祭りが台無しだ」 豊臣の名をだすと、先ほどまで笑顔だった慶次の顔が嫌悪に変わる。 「洗いざらい教えろっつたはずだ」 豊臣の居場所を知った所で簡単に乗り込む訳にはいかない。向こうにはがいるのだ。 攻めて負けるつもりはないが、手札は多いにこしたことはない。 政宗は、慶次に対して切りかかる。 突発な行動にも関わらず、慶次は政宗の攻撃を自らの大太刀で受け止めた。 「くっ!? 短気だねー」 「力づくでも、教えてもらうぜ」 「他に教えることはないよ。秀吉なんかのことよりも、恋の一つでもしたらどうだい? 伊達男に磨きがかかるよ」 その瞬間、政宗の周りの空気は一気に下がり、火花と共に、慶次は吹き飛ばされた。 「いてて……」 顔を上げると、そこには政宗が立っている。 刀は慶次には向いてはいないが、かといって、油断できるような雰囲気でもなかった。 「手前ぇの戯言に付き合ってる時間はねえんだよ」 慶次は竜の逆鱗に近い所に触れてしまったのだが、慶次本人は気づくはずもない。 それに気づいたのは、小十郎だけであろう。 を取り戻す為にここまで来たのだ。その政宗に対して、恋をしろとは禁句以外の何ものでもない。 恋焦がれてしかたのない相手を、この手に取り戻す為なのだから。 「…………どうして、そんなに秀吉について聞きたがるんだ?」 「豊臣が、俺の大切なもんを奪っていったからだ」 「大切なもの?」 「そうだ。アンタさっき、俺に恋しろと言ったな、アンタはしてないのかよ」 「…………してたよ。昔はね……。でも、それが何の関係が……」 相変わらず瞳は鋭いが、政宗は一旦刀を収めた。 それをみて、慶次は息を吐く。 「豊臣は『竜の宝珠』を奪って行きやがった」 政宗の言葉に、慶次は目を見張る。 「竜の珠玉」噂程度ではあるが、いろいろな土地を周っている慶次が知らぬはずはない。 北国に現れた、不思議な姫。彼女を手に入れた竜はそれを決して手放さないと。 「その『宝珠』ってのは、ひょっとして……」 「アンタの言うところの、俺の恋の相手だな。だが、恋なんて温いもんじゃねえがな」 それを聞いて、慶次は拳を握りしめる。 かつて、慶次の大切な人を奪った秀吉。その時の情景が頭に蘇る。 「攻める前に少し情報が欲しかったんだが……。邪魔したな」 「待てよ」 これ以上、有益な情報は得られないと判断した政宗は、その場を立ち去ろうとした。 だが、慶次はそれを止める。 「……秀吉には、借りがあるんだ。俺も連れて行ってくれ」 しばし睨みあっていた。その間は誰も口を挟まない。 「手前ぇにも何か事情がありそうだな。……好きにしろよ」 慶次の手を借りるという必然性はないが、豊臣の情報を持っている慶次らな、役に立つだろうと思って答えたのだ。 次へ 戻る 卯月 静 (08/04/13) |