【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 七拾伍
目を開けて、始めに見たのは、の見たことのない天井。 いつも見慣れている天井でもなく、最近見慣れた天井でもない。 「……くっ!!」 体を起そうとすると、左腕に痛みが走った。どうやら、腕を負傷したようで、の腕には包帯が巻かれていた。 どうして、ここに自分がいるのか、記憶を辿る。 たしか、政宗達と城下を見て廻ってて、途中で体調の悪そうな人を見つけて……。 「……そうだ、あの後切りつけられて……」 声を掛けようとすると、いきなり切りつけられた。深く切りつけられたことで、血が多く流れ、意識を失ったのだ。 今周りに誰もいない。 ここが、甲斐の信玄の城であれば、傍に誰かがいたはずだ。 多分その場合は、目に最初に入ってくるのは政宗だっただろう。政宗が傍に居られなくとも、猫か小十郎、それも無理でも誰か女中がいたはずだ。 だが、今は周りに誰もいない。 いくつか考えられるが、この近くに政宗がいないと思ってほぼ間違いないだろう。 「気分はどうだい? 奥州の姫君」 声の方へ目をやると、そこには、仮面をつけた男が立っていた。 柔らかい物腰だが、この男を警戒しなければならないと、何故かは感じていた。 「貴方は誰」 「僕は、竹中半兵衛。豊臣軍の軍師だよ。ようこそ、『竜の宝珠』殿」 この男は自分を材料に、政宗と交渉か何かをするつもりなのかもしれない。 できれば、自分のことなど放っておいて、交渉などに応えないで欲しい。だが、政宗の性格だ、交渉に応じることはなくとも、悩むに違いない。 それは、が政宗の恋人というだけではなく、今のこの状況が彼の部下であっても彼は同じことをするだろう。 伊達政宗と言う人はそういう人なのだ。 「私を材料に、奥州を盗るつもり?」 「それはついでに過ぎない。僕の目的は君自身だよ。君」 名前を名乗っていないのに、名前を知られている。多分調べたのだろうが、が狙いとはいったいどういう意味だろうか。 「何でも、君は不思議な力を持っているそうじゃないか。その力で一揆衆を導いたとか」 半兵衛の言葉に、は驚く。 確かに、不思議な力を持っていると、流布したが、それはかなり前のことで、には不思議な力などない。 「私に不思議な力なんてありません」 「だろうね」 力が無いと分かれば殺されるかもしれないとも思ったが、政宗との交渉にも使われるのだろうから、今は殺されないだろうと、半兵衛の言ったことを否定した。 しかし、半兵衛はさも当然だというように応えた。逆にの方が驚いてしまった。 「君に不思議な力がないのは知っているよ。でも、君に力があると思っている者は結構いるんだよ。嘘でも誠でも、『竜の宝珠』を手に入れたとあれば、兵の士気はあがる」 一揆でが実行したことと同じことをしようというのだろう。自分の考えが、軍師といわれる者と同じだったことは光栄には思うが、そんな悠長なことは思ってられない。 「君には、豊臣に有利になるよう働いてもらうよ」 半兵衛はそれだけ言い残すと、部屋から出て行った。 出て行ったあと、は部屋を見渡す。 どうみても、牢というのではない。普通の部屋だ。というか、豪華さからすれば、客室などではないだろうか。 牢に入れられてないということは、ある程度丁重な扱いはしてもらえるのだろう。 政宗と離され豊臣に捕まってしまったのは、酷く不安ではあるが、罪人のような生活をしなくても良いだけまだ、気は強く持てる。 くさい飯など御免だ。 「豊臣秀吉、か……」 農民だったにも関わらず、その才気でほぼ天下に近いところまでいった男。 の知っている歴史と歪みがあり、織田信長が敗れたにも関わらず豊臣は独立の勢力としてあるのだから、の知っている豊臣秀吉像とは違うかもしれない。 と言っても、の知ってる秀吉のイメージなど、猿と呼ばれていたことくらいだ。 王子様が助けに来てくれる、囚われのお姫様はの性には合わないが、今はとりあえず、怪我を治すまでは大人しくしておくことにした。 次へ 戻る 卯月 静 (08/04/15) |