【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 七拾六
「ご機嫌はいかがかな? 君」 「最悪」 何もすることが無く、ただぼーっとしているだけで、酷くつまらない。 しかも、怪我をして敵方に捕まっていて、機嫌がいいはずもない。 半兵衛の言葉に冷たく返したが、彼は何も気にしていない様子だった。 「秀吉が、君に会いたいと言ってる。付いてきたまえ」 拒否する理由もないので、半兵衛に付いて行く。 がいるのはきちんとした部屋で、牢ではないし、自身自由に歩き回ることができる。一見脱出も可能かと思えるような状況だが、襖の前には見張りがいるし、襖は何かで固定されているようで、外側からしか開かないようになっている。 窓は内側からも開けることができるが、開けて下を覗くと、地面は遥か彼方だった。ここから落ちたら無事では済まないだろう。 怪我も治っていないから、今は自力での脱出は諦めた。 「ここだよ。入りたまえ」 半兵衛に促されて、部屋に入る。 「貴様が『竜の宝珠』か」 そこには、巨漢の男。 彼が豊臣秀吉なのだろう。 の知識にある、教科書に載っている肖像の、秀吉の面影など何もない。猿というより、その容姿はゴリラだ。 豊臣秀吉は、その知恵で太閤まで上りつめた、だが、目の前にいる秀吉は、知恵でこの地位まで上ったというよりも、その力でと言った方が正しいのではないかと思う。 「半兵衛、我が覇道に、このような小娘など必要ない」 「これも策のうちだよ、秀吉」 「娘、己が伊達の弱点となってしまったことを嘆くか」 秀吉は、へ視線を移した。 「弱点?」 「そうだ。貴様が独眼竜を弱くする」 「政宗は貴方達なんかには負けません」 は秀吉を睨み返し応える。 自分が捕まってしまったことで、伊達軍が不利になっていることくらい自覚している。 政宗は豊臣を攻めるだろう。そして、豊臣側もそれを分かっている。準備万端な相手に向かうことは、戦術上不利であるに違いない。 「敵に捕まって尚、気丈に振舞う態度は大したものだ。だが、貴様が竜を弱くしていることには変わりはない」 「それは、どういう……」 「そのままの意味だ。弱さの原因を自らの手で排除できぬ者に我は負けぬ」 には未だに秀吉の言っている意味が分からない。 確かに、自分は捕まってしまったし、伊達軍の足を引っ張っているとは思う。だが、秀吉が言っているのは、そういうことではないような気がしていた。 なら、どういうことなのかと言われても、皆目見当もつかない。 「分からぬか……貴様が捕まったことで、竜は自分の無力に嘆いているか、もしくは我等に怒っているか、どちらにしろ冷静ではないだろう。そのそのような者は我が覇道の障害になりはせぬ」 つまりは、がいなくなったことで、政宗が冷静さを失っているのだと。だから、冷静な判断の出来ないまま攻めてきたところで恐くもないといいたいのだろう。 「天下を獲るのは政宗です」 「か弱き竜では我には勝てぬ」 「豊臣秀吉が天下を治めたのち、朝鮮へ出兵。だが、それは失敗に終わる。秀吉の死後、天下は二つに分かれ、大きな戦の後、別の者が天下を獲り、その後300年近くの間その者の子孫が天下を治める」 「……何を言っている」 「豊臣秀吉が天下を獲った後の未来です」 本当は、先の世のことを口に出すのはいけないのかもしれない。いや、すべきではないのだろう。未来が変わってしまうのだから。だけど、すでに此処まででの知っている歴史とは違っているし、の知っている歴史のままでは伊達政宗は天下を獲れない。 それならば、変わったところで構いはしない。 それに、最終的に誰が天下を獲るなどとは言っていない。 「戯言を未来は、我が見据える物のみ。それ以外にありはせぬ」 互いに睨み合い、引かない二人に、半兵衛が割って入った。 「君。君が政宗君の天下を信じたいのは分かるけど、それは叶わないことだよ」 信じなくて当然だろう。信じてもらえるとは思っていないからこそ、口に出したのだ。 「君はそろそろ、部屋に戻った方がいい」 話は半兵衛に打ち切られて、は部屋に帰された。 次へ 戻る 卯月 静 (08/04/19) |