【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 七拾七





 政宗が城に戻ると、伊達軍の面々は、皆殺気立っていた。
 皆、口を揃えて豊臣を攻め、を奪還しようと言う。
 勿論政宗だって、そのつもりだ。だが、政宗の表面上は落ち着いているように見える。それにを不思議に思った者は少なくない。
 しかも、直ぐに攻めるのではなく、作戦を練り、確実に勝てる準備をしてからという政宗に、成実は食ってかかった。

「何でだよっ!! 作戦なんて練ってるよりも、今すぐちゃんを取り返しに行けばいいだろう!」
「成実っ!!」

 小十郎が諌めるが、それを聞こうとはしない。

「何で、そんなに冷静なんだよ!! ちゃんのことが大切なんだろう!!」
「…………だったら、手前ぇ、一人で、豊臣に乗り込んでこいよ」

 熱くなる成実に対して、政宗は低く、静かに言う。

「今乗り込んだところで、犬死するだけだ。それとも、死にてえってなら……I send you to hell」(俺が地獄に送ってやるよ)
ちゃんを助けに行くってのが無駄だっていうのかよ!」
「んなこと言ってねえだろっ! 策もねえまま攻めた所で、助けられねえって言ってるだけだっ!」
「そんな悠長なことをやってる間に、もし、ちゃんがっ」
「成実っ!!!!」

 成実の言葉を、小十郎が遮る。その言葉の続きは言ってはいけない。
 政宗は成実が思っているほど冷静ではない。
 冷静でいようと努めているだけだ。余裕などない。その証拠に、最初こそ静かに返していたが、直ぐに感情がでてしまっている。
 策なんて練っている時間も惜しい、だが、策もなしに攻めた所で、勝てるような相手ではない。

「成実。それくらいにしておけ。政宗様が我慢してるのを逆撫でしてどうする」
「でもっ……」
「いいか、この戦は、の奪還だけじゃない。豊臣を潰しに行くんだ」

 を奪還するだけならば、兵を送り込み、隙を少し作り、その間に、彼女だけを救出すればいい。だが、そうすると、送りこんだ兵は、時間かせぎの為だけに戦い、失われることになる。
 助けられた彼女が、それを知って、傷つかないはずがない。
 豊臣を潰すために兵をだし、そして、彼女を取り戻す。それでも、彼女は自分が原因で多くの兵は失われたと悲しむだろう。だが、彼女を助けるためではなく、豊臣を潰すためだということなら、少しは彼女の悲しみを軽く出来るかもしれないのだ。
 小十郎に政宗がそこまで考えてとのことだと聞き、成実は何も言い返せない。
 成実だって、政宗が怒ってないとは思っていない。彼の性格上、を奪われて、大人しくしているはずもない。
 きっと、今直ぐにでも、彼女を取り戻しに行きたいのだろう。
 だが、それを政宗は表に出さない。それは、彼の立場故かもしれない。
 分からないではないが、感情を上手く制御できない。成実は、この怒りの持って行きようが無いまま、無言で再び座に着いた。

「……それで、政宗様、そちらはどなたですか?」

 成実が引いたのを確認し、綱元が政宗の近くに座っていた慶次に目を向ける。
 この場にいた、小十郎意外の人物は彼を知らない。

「前田慶次。以後お見知りおきをってね」

 この場の雰囲気に相応しくない、軽い調子で自己紹介をするこの男は大物なのか、莫迦なのか。

「役立つかどうかは、知らないが、豊臣についていくらか知っているらしい。コイツはコイツで何か訳ありらしいけどな」

 慶次と豊臣秀吉にどんな因縁があったのかは知らない。知った所で政宗に関係はない。ただ、豊臣のことを知っているのなら、何か役に立つのだろうと思いついてくることを許したのだ。
 今はどんな情報でも欲しい。豊臣を潰し、を取り戻すためだ。
 一通り騒ぎも収まり、落ち着いたところで、再び、話を戻し、これからの戦について、進めていった。



「なあ、独眼竜……」

 会議が終わると、家臣達は部屋を出て、今ここにいるのは慶次と政宗だけだった。

「あんた、ちゃんを殺せるか?」
「何言ってんだ」

 突然の、しかも、意味のわからない質問に、政宗は訝しげに慶次を見た。

「俺は、自分の為に惚れた女を殺せる男を知ってる。でも、俺にはどうして、惚れた女を手にかけることができるかわからねえ」

 政宗は無言のまま慶次をみる。
 政宗の脳裏に昔のことが過ぎる。大切な人を己の手で殺める。未だにあの日のことは忘れることなどできない。

「その時になってみねえと分からねえよ。それに、想い方は、人それぞれだろ」

 それだけ言うと、政宗は部屋を出て行った。
 自分の部屋に戻る間、慶次の言葉について考える。
 惚れた女を殺せるか、否か。
 慶次は惚れた女を手にかけることができる奴のことが分からないと言った。だが、政宗にはそれも分からなくはない。
 他の奴に奪われるくらいなら、どこかの部屋に閉じ込めるか、いっそのこと、この手で……。そんな風に考えたことだってある。あの瞳に写るのも、彼女に触れるのも自分だけにしてしまえれば、という狂気染みた想いだって持っている。
 慶次の言っている男が、今政宗が考えたことと同じ気持ちだったかどうかなど分からない。それこそ、想い方は人それぞれなのだ。


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卯月 静 (08/04/22)