【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 七拾九
馬に乗り、政宗は一点を見つめる。否、見つめているのはなく、睨み付けている。 その視線の先には、大坂城がある。 あそこにがいる。そう思うと、今にも走り出したい所だが、その気持ちを抑える為に、大きく、そして、ゆっくりと深呼吸をする。 「大坂城は目の前だ。だから、今、手前等に言っておく事がある」 伊達軍は全員、政宗に注目する。 「今回の戦の指揮は、俺じゃなく、小十郎に任せる。全員、小十郎の指揮に従え」 元々伊達の軍師である小十郎が、策を練り、指示を出すことは不思議ではない。だが、いつもなら、小十郎が指揮を出すなどとは言わない。 そのことに、伊達の兵達は幾ばくかざわつく。 「俺は大坂城に乗り込む。豊臣を討つ為ってのもあるが、竹中半兵衛を一発ぶん殴らなきゃ気がすまねえ」 策は練った。だが、それを実行するのを大人しく見ていられる程、政宗は我慢強くはない。 半兵衛はを傷つけた。致命傷ではないのは、見るからに明らかだったが、だからといって、政宗の怒りが収まるわけではない。 この手で、一発ぶん殴らないと気が治まらない。 「いいか、手前等、伊達軍に喧嘩売ったことを後悔させてやれ。手加減はいらねぇ。徹底的に潰せ」 その視線だけでも射殺せそうな目で、低く唸る自軍の頭に、兵達は竜を見た。 政宗の怒りが手に取るように分かる。 だが、怒りを持っているのは政宗だけではなく、伊達軍の兵も同じ気持ちだ。 「Are you ready guys?」 「Yeaaaaaaaah!!!!」 政宗の声に、いつも以上に大きく声が上がる。 小十郎の号令と共に、兵達は、そのまま叫びながら、大坂城に向かって走り出す。 「政宗様……」 「今回は小言は聞かねえ。お前が何を言おうと、俺は行く」 政宗が、指揮を執らず、乗り込むつもりだということは、半ば予想していたこととはいえ、小十郎は大きく溜息をついた。 「分かっております。今の政宗様を止められる者などおりますまい。政宗様、こちらのことはこの小十郎にお任せください。そして、必ず、を連れてきて下さい」 「Sure!」 小十郎は、先に行った隊を追いかけていった。 その場に残された政宗は、大坂城を再び睨みながら、呟く。 「竜の逆鱗に触れるとどうなるか、思い知らせてやるよ」 城内には比較的すんなり入れた。 小十郎の指揮の下、伊達軍の兵達が道を切り開いていてくれたというのも要因の一つだが、それ以前に、怒りを抑えようともしていない政宗に、雑魚は恐れを成して、かかってはこなかった。 「竜の視線は恐いねー。そんなんじゃ、ちゃんに嫌われるぜ」 なのに、隣を走る慶次は全くそんな様子もなく、軽口を叩く。 「気安くの名前を呼んでんじゃねえよ」 「焼きもちかい。男の嫉妬はみっともないぜ」 「目の前で好きな女が攫われる以上にみっともないことなんてねえよ」 慶次の軽口に、半ば殺気を出しながらも返す政宗。会話だけを聞けば、何もせず、ただ走ってるだけとも思えるが、敵は待ってくれるはずもなく、軽口を叩きながらも、目の前の敵を倒していく。 少し奥に進むと、苦無が飛んできた。それを刀で薙ぎ落とす。 「チッ! 忍か、厄介だな」 決して負けるような相手ではないが、忍が相手だとやり辛い。 真正面から切りかかってくる侍と違って、忍の攻撃は多方面から来る上に、術も合わせて攻撃してくる。 政宗の目の前を、何かが過ぎたと思った矢先、周りの忍は地に伏した。 「政宗様。ここは私が。政宗様は先に進んで下さい」 現れたのは、黒い忍装束に身を包んだ猫。 彼女は数本の鋼糸を持っている。 「無茶はするなよ。が泣く」 「そのお言葉はそっくりそのままお返しします」 政宗が走りだすと、残っていた忍は後を追おうとするが、それは猫によって阻まれる。 「貴方達の相手は、私よ。忍は忍同士、正々堂々といきましょう」 「くのいち如きが、一人で我等に勝てると思うな」 それまで、一切口を開かなかったが、相手が同業者だからなのか、嘲るように笑った。 「あら、舐めてもらっちゃ困るわ。これでも、政宗様の影武者の経験だってあるのよ」 が攫われて、落ち込んだのは政宗だけではない。 あの場に猫もいた。それも一番近く。 本来なら、彼女を守るべき者は自分だったのだ。何に変えても主を守るのが忍の仕事。今の主はだが、それは変わらないはずだった。 だが、彼女といると、自分が忍であると、彼女に仕えている身であると忘れることがある。 は猫のことを使うべき者といった扱いは一切しない。 彼女はあくまで、友人のように接してくるのだ。 だからといって、忍としての認識を全て忘れてしまう程愚かではないが、時たま、が友人であるかのように錯覚してしまうこともある。 「それに、今の私はとても機嫌が悪いの。覚悟しておきなさい」 猫は鋼糸を構え、高く跳躍した。 次へ 戻る 卯月 静 (08/05/03) |