【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 八拾弐





 半兵衛に捕まり、連れてこられた先は天守閣。
 そこには、豊臣秀吉がいて、を置いて、半兵衛はその場を去った。
 その為、数人の兵がいるものの、秀吉と二人きりも同然だ。

「この様な状況になっても、涙は流さぬか……」

 沈黙を破ったのは秀吉だった。

「泣いても、何も解決はしませんから」

 秀吉は、この間、が政宗の弱点となっていると言った。そんなことはがよく分かっている。戦力にもならず、こうやって、捕まって、政宗に心配かけて、足を引っ張って。
 本当は政宗の隣で、胸を張って立っていたい。堂々と。だが、それは理想であって、現実はこんなものだ。
 政宗が隣でいることを許してくれているから、だから隣で居られるに過ぎない。
 そう、だから、政宗が記憶を失くしてしまい、出て行けと言われた時、成実に素直についていった。望まれもしないのに、隣でいるだけなど、辛いだけだと、そう思ったからだ。

「まだ、伊達の勝利を信じるか?」
「はい。政宗はあなたには負けません」

 秀吉は、じっとを見ていたが、それからは何も言わなかった。
 だが、ふと扉を見て、呟いた。

「……来たか……」

 扉は、大きな音を立てて破壊された。
 そして、扉の代わりに、そこには蒼い竜が立っていた。

「豊臣秀吉……独眼竜をなめるんじゃねえぜ」
「か弱き竜に何ができる」

 政宗は誰かを連れていた。の初めてみる人物だ。

「何ができるかだと。Ha! I win!」(手前ぇに勝つんだよ)

 秀吉に通じたのか通じてないのか、それは分からないが、秀吉はただ、顔をしかめただけだった。

「おい、前田の風来坊。手前ぇ、手出すなよ」
「分かってる。俺は見届ける為にここに来たんだ。手は出さない」

 慶次の返答を聞き、政宗は六爪を構える。
 そして、間合いを詰め、秀吉の心臓目掛け、一気に突く。
 しかし、秀吉はそれを己の手で止める。

を、返して貰うぜ」
「それほど、あの小娘が大事か」

 互いに譲らず、ギリギリと互いの得物が擦れる音だけが響く。

「ああ、大事だ」
「国を動かしてまでもか」
「手前ぇも、竹中半兵衛と同じことを聞くんだな」
「女一人の為に、国を滅ぼすなど、愚か以外の何物でもないっ!」

 秀吉は、止めていた、手を思い切り振り払う。その反動で、政宗は後ろに飛ばされ、方膝を付く。

「女一人の為に、国を滅ぼすだァ? 滅ぶのは俺じゃねえ、手前ぇだ、豊臣秀吉」

 政宗は、今度は、片腕だけを秀吉の首元に狙い、突く。
 それを、秀吉は片手で、なぎ払い、政宗は横に飛ぶが、その飛ばされた力で、体を回転させて、もう一方の腕で秀吉のわき腹を掻っ切る。
 幾ばくか怯むが、致命傷には到らず、秀吉は政宗の頭を掴み、地面に投げつけた。

「グハァッ!!!」
「政宗っ!!!」

 思わず駆け寄ろうとするが、目の前を豊臣兵のやりで塞がれ、駆け寄ることができない。

「小娘、そこで、竜が朽ちる様を見ているがいい」
「勝手なこと言ってくれるなよ、豊臣」

 政宗は立ち上がる。

「言っただろ、負けるのは手前ぇだ」
「我を殺めることに躊躇していて勝てると思っているのか」
「......shit」

 政宗は、自分が、の前で人を殺めることに躊躇していることを悟られ、悪態を吐いた。
 人を殺めること自体は躊躇することでもないし、今まで何人も殺めた。だが、の目の前だということが、政宗に迷いを生んでいた。
 平和な世から来た、真っ直ぐで、何も穢れていない。彼女に自分が人を殺めている姿を見せたくない。自分の手が血に汚れていることは百も承知だ。
 だが、目の前で見られるのとそうでないのとは違う。彼女にはそんな場面は見せたくない。これは、政宗が彼女を戦に連れていかない理由の一つだ。
 もちろん、これは、政宗の利己的な考えだということは自覚している。それでも、それでも、彼女にはそのままでいて欲しいのだ。

「小娘、これが、お前が竜の弱点になっているという証拠だ」

 言われて、は握っていた拳に更に力を込めた。

「愛は弱さを産む」
「だから、ねねを殺したってのか、秀吉っ!!」

 秀吉の言葉に反応したのは、慶次。
 その目は怒りと悲しみの入り混じった色をしており、政宗に手を出すなといわれ、辛うじて、自分を抑えているという様子だ。

「そうだ。共に滅ぶ前に、我の手で葬った」
「……豊臣秀吉が、ねねさんを殺した?」

 慶次と秀吉の会話に、は驚き、そして、呟いた。
 ねねといえば、豊臣秀吉の正室だ。そして、彼女は確か、秀吉よりも長生きしたはずだ。
 豊臣秀吉がまだ、豊臣の姓を名乗る前から、共に支えあった女性だ。その女性を豊臣秀吉は……。

「ねねは……ねねは最期までお前のことを愛してたんだぞっ!! それなのにっ!!」
「だからこそだ。愛する者がいれば、弱くなる。我が覇道に弱さはいらぬ」
「男は女に恋してこそ強くなれるんだっ!」
「それはお前が真の愛を知らぬからだ。現に、その竜は、愛する女の前では我を殺すことが出来ない」

 激昂する慶次に対し、秀吉は淡々とかえす。そして、政宗を指す。

「愛が弱さを産む、ねぇ……。俺の知ったこっちゃねえな」
「独眼竜……」
「勝てぬと分かっても、我に挑むか」
を連れて帰らねえと、うちの軍師に説教食らう羽目になるからな」

 余裕の笑みを見せ、政宗は再び構える。

「ならば、己の弱さを嘆き、滅びるがいい」

 今度は、政宗が仕掛けるよりも早く、秀吉の左腕が政宗に迫る。
 六爪で止めるモノの、その衝撃は強い。
 そして、秀吉の右腕が、政宗の腹に入る。
 政宗は飛ばされ地面に叩きつけられる。

「……政宗っ!!!」

 居ても立っても居られなくなり、は持っていた短刀を豊臣兵の手の甲に突き刺す。
 刺された兵は槍を落とし、は素早く拾う。

「それ以上、動かないで下さい」

 兵達に槍の切っ先を突きけ、ある程度の距離をとる。
 目の前では、いまだ、秀吉の攻撃が続いている。辛うじて、政宗も防ぎ、致命傷は免れてはいるものの、状況は明らかに劣勢だ。
「ガハッ!!!!」
「政宗っ!!」
「……小娘、何のつもりだ」

 は政宗の前で、秀吉に短刀の先を向けている。

「共に滅ぶことを選ぶか、それとも命乞いでもするか」
「どちらもしません」
「だが、お前に何が出来る」
「豊臣秀吉。あなたがねねさんを殺したというのは、事実ですか?」
「……そうだ」
「その時、ねねさんは……あなたに抵抗しましたか?」
「……小娘、何が言いたい」

 秀吉はを睨み付けるが、は微動だにせず、秀吉を睨み返す。
 すると、の肩に後ろから手が置かれた。

、もう大丈夫だ。下がっていろ」

 後ろにいた政宗は、を自分の後ろに下がらせて、自分は前に出る。

「愛が弱さを産むだの、恋すれば強くなるだの、俺はどちらでもいい。だが、一つだけ言って置いてやるよ。守る覚悟もねえ奴は、何も手に入れることはできねえ」


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卯月 静 (08/05/20)