【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 八拾参
立ち上がり、再び攻撃の態勢に入る政宗に、秀吉は呆れたように言葉を紡ぐ。 「守る覚悟だと。お前にそれがあるというのか」 「ああ、あるぜ。守る覚悟もなく、失うことを畏れて手放すなら、最初から手にしなけりゃいい。惚れた女一人守れずに、天下を取って、国を守れるとでも思ってんのか」 「小僧、国と女の差も分からぬかっ!」 今は、どちらも仕掛ける気配はない。 互いに、睨み合い、お互いの出方を伺っている。 「お前も一国の主であるなら、いずれその小娘を捨てねばならぬ時がくる。その日が来る前に我が引導を渡してやろう」 「を捨てる? Don't make me laugh.」(笑わせるなよ) カチャリと音を立てて、政宗は六爪を秀吉に向ける。 は、政宗をじっと見つめていた。 「そんな日は来ねえよ。それに、俺は大事な物を天秤に掛けて選べる程器用じゃねえんだ。大切な物は全てこの手に治める」 力強い、そして、真っ直ぐな言葉に、の顔は熱くなる。今は照れている場合ではないのだが、それでも、嬉しいことには違いない。 「世迷い言を」 秀吉がぽつりと呟いた。そして、政宗に向かって、走りだす。 政宗はを抱き、横っ飛びに避ける。 の近くでいたのでは、彼女に危害が及ぶ。そう思った政宗は、から、離れ、そして、自分に秀吉を引きつける。 の前で、殺生はしたくない。そんなことを言っていられるほど、今の自分には余裕はない。 だが、それでも、には、政宗が人を殺めている瞬間を見て欲しくはないのだ。 迷いがあれば、切っ先も鈍る。その迷いを持ったままで、勝てる程、秀吉は弱くない。 本気で殺しにかかっている秀吉に対し、政宗の攻撃はいまひとつ相手に通用していない。 もう、無理なのだろう。 には、あのままで居て欲しかった。 目の前で、自分が人を殺める瞬間を見ても、彼女は自分に触れてくれるだろうか……。 ひょっとしたら、母上のように拒絶されるかもしれないとも思った。 その反面、彼女なら、受け入れてくれるような気もする。 一度心を落ち着けようと、深く息を吸い込み、細く長く吐き出す。 もう、迷いはない。 彼女に拒絶をされたら、その時はその時だ。拒絶されようとも、を手放す気など、最初からないのだから。 「覚悟しろよ、豊臣秀吉」 先ほどとは、瞳の光が違うことにその場の者は全員気づいた。 そして、同時に、次で決まるのだとも、本能的に悟っていた。 全身をバネのように使い、六爪を秀吉に繰り出す。 辛うじて、秀吉は、それを受け止めたが、予想以上の力に、掴み取れなかった切っ先が、秀吉の手から外れる。 政宗がその機を逃すはずもなく、その一本だけを持ち、秀吉の喉下を狙い、横一文字に振り切った。 政宗が秀吉に最後の一閃を浴びせる瞬間、の視界は暗くなった。 誰かの手で視界を遮られているのが分かる。 本来なら、政宗が秀吉を切った音も聞こえてくるのだろうが、視界を遮られたことに意識が削がれ、音も聞こえなかった。 「え、何?!」 「…………勝手に出歩いてるんじゃないわよ」 「その声は……」 手が外され、視界が明るくなる。 振り向けば、そこには呆れ返った顔の猫が立っていた。 「猫っ!!」 「折角迎えに来たって言うのに、部屋にいないんじゃ意味がないじゃない」 「それは、私のせいじゃ……」 「でも、無事でよかったわ」 責めるような言葉の後に、猫は優しく笑って言う。 が半兵衛に攫われたことで、猫は自分を責めたかもしれない。 そう思うと、申し訳ない気持ちになるが、反面、ここまで来てくれてたことにとても感謝したい。 「はっ! 政宗っ!!」 は慌てて、立っている政宗の元に走る。 「政宗、怪我は?」 「無い」 政宗の近くに、秀吉が倒れているのが分かる。だが、極力そちらを見ないようにする。 ずるいのは分かっている。だが、死はあまりにも、にとっては非日常の出来事すぎて、受け止められない。 今、受け止めようとしてしまえば、きっと、自分はここに立ってはいられない。 病気や、事故ではなく、人の手によって摘み取られた時間。それを受け止めるには、まだ、自分は弱いのだ。 「……俺が恐いか?」 政宗の質問に、はゆっくりと政宗を見る。 政宗の武具には、僅かだが、まだ新しいであろうと思われる血がついているし、持っている刀も血に濡れている。 普段とは違う。異常だとも思える光景。 だが、にとってその光景は、どこか別世界の光景に見えた。 分かりやすく言えば、テレビの向こう側の出来事のように感じられた。 現実が現実だと認識できていないのだ、きっと。 「……分かんない。政宗が切った瞬間は、猫に目を塞がれてて見てないから」 「……そうか」 の言葉に、政宗はどこかほっとしたような顔をした。 「、帰るぞ」 「うん」 歩き出す政宗の後を、小走りになりながら追いかけた。 次へ 戻る 卯月 静 (08/05/27) |