時を越えて…… 前編
親元を離れ、2年も大学生をやってると、いろいろ慣れてくる。 初日こそ、一人暮らしは少し寂しいかなと思ってはいたが、今は一人暮しの方が楽だとまで思うようになった。 バイトがある日は、家で食事を作ることはあまりなく、バイト先で食べるか、スーパーかコンビニで買ってくる。 初めはバイトがあって、バイト先で何も食べない日は、自分で作っていたが、大学で出されたレポートやらなんやらをしてると、到底そんな気力もなくなってきた。 だから、今は余裕があるときだけ作る。この2年間で、ある程度、力の抜き所も分かったのだ。 「うっわー……ビショビショ……」 雷雨の中を走って帰ってきたせいで、はびしょ濡れになっていた。 朝は雨は降って無かったが、駅に着いた途端雨に降られた。朝は降って無かったので、傘なんて持ってなかったし、家までそう遠くもないしと、そのまま走って帰って来た。 このまま部屋に上がると、床が濡れてしまうから、とりあえず靴下だけ脱ぎ、マットで軽く足の水気を取る。ジーパンや服も濡れていて、それでも、床が濡れるが、そこは仕方ない、後で拭いておけばいい。 とにかく、早く着替えたい。 クローゼットから、服と下着を取り出すが、どうせならと、先にシャワーを浴びることにした。 シャワーから出て、部屋に戻り一息つく。 相変わらず外は雷雨だ。 こんなに雷が長くなるのも珍しい。その内停電になるかもしれない。 バリバリバリーーーーーッ!!!! そんな風にのんびり考えていたら、大音響で、電気が爆発するような音が聞こえた。思わず耳を塞ぐ。 音だけでなく、それは光も伴っていたが、どう考えても、光はベランダ側の窓ではなく、逆側のドアからだった。 ドアの向こうは、玄関とキッチンだが、何故そんな所から、電気の爆発のような音と光がくるのだろうか。冷蔵庫でも爆発してしまったのだろうか。 ドアを開けたら火が出てるかもしれない、と恐る恐るドアを開ける。 だが、そこは火も出ていなければ、焦げたような匂いもない。いつも通りの玄関だった。 ただ一つ。そこに見慣れない、蒼い服を着た男がいる以外はの話だ。 彼はどこから入って来たのだろうか。玄関の鍵は確かに閉めた。雨のせいで、手が悴んで鍵が上手く閉められなかったから覚えている。 こじ開けて入って来たのだとしたら、変質者か、泥棒の類かもしれない。 だが、男は状況が分からないといった様子で周りを見渡している。そして、を見つけると、訝しげな顔をした。 「Where am I?」(ここは何処だ?) 男の第一声が、英語だったことで、はポカンとしてしまった。 いきなり英語だとは思わなかった。この人は外国人なのだろうか? でも、顔立ちは確実に日本人だ。しかも、かなり美形。 よくよく見てみると、男の服装は変わっている。 記憶の中にある鎧とは違うにしろ、かなりそれに近い。 「オイ、アンタ。俺の質問に答えろ」 低く、まるで竜が地を這うような声。思わずは体を強張らせる。 「あ、あなたこそ、誰なんですかっ……人の家に勝手に入って来てっ」 「人の家? ここはアンタん家か?」 「……そう、ですけど……」 「随分変わった家だな。ここに住んでんのはアンタだけか?」 「……ええ、まぁ……」 話が噛み合わない。この男は、女性の一人暮らしだと知って入って来たのではないのだろうか? 「アンタも、随分変わった格好をしてるな」 「私の格好が変なら、あなたの格好の方が変じゃないですか……まるで、昔の武士みたい……」 の言葉に、男の眉が上がる。 「ん? ちょっ!! 土足っ!!」 男は、急にどかどかと部屋に入って来た。そして、ベランダの窓から見える景色を見て呆然としている。 外は、いつの間にか晴れていて、蒼い空が見えている。 「嘘だろ……」 男は呟くとそのまましゃがみ込んでしまった。 「あ、あの……。大丈夫ですか?」 しゃがみ込み、頭を抱えだした男が何故か、不憫に思われて声をかけた。 の声にも何も反応せず、暫くの間、男はしゃがみ込んだままだったが、大きく息を一つ吐くと、立ち上がった。 「アンタは『ここ』に住んでるんだろ? なら、悪ぃが、『ここ』について教えてくれ。どうやら、ここは俺の居た所とは全く別の所らしい」 「…………は?」 唐突に言った男の言葉の意味が分からず、は呆けてしまった。 それを見た男は大きく溜息を一つ吐いた。 「ほら、弁当忘れてるぞ」 「サンキュー。お昼は美味しくないコンビニ弁当になるとこだった」 「今日、part-time-job は?」 「今日はないよ。だから、講義終わったら直ぐ帰ってくる予定。だから、ご飯よろしく」 「Okey.」 あの雷雨のあった日。お互いの持ってる情報を、交換するような形で話をした。そして、どうやら、彼は戦国の世からこの時代に来てしまったらしい。 この時代にくる寸前、彼は対戦の真っ只中だったようで、しかも、相手は宿命のライバルだったようだ。 技を相手に放つ瞬間、自分の物ではない雷の爆発が起こり、気づけば私の部屋の台所に居たらしい。 彼は自分を、「伊達政宗」だと言った。 伊達政宗くらいの名前は知ってる。北の方の武将で、確かローマに使節を送った人だ。 彼の姿は確かに伊達政宗の特徴に当てはまるし、どうも話しも嘘を言っているようには思えなかった。事実、彼は外の世界に戸惑っていた。 戦国の人間が、現代に来たとすれば、うろたえるのも無理はない。 結局、政宗はこの部屋に、元の時代に帰る日まで居ることになった。 一応私も女なので、男と一緒に住むのはどうだろうかと思ったが、このまま放り出すのもなーということで、許可してしまった。 政宗は料理が趣味らしく、とても上手い。ここにいる間の食事は作ってくれているから、助かっている。 「おい、もう直ぐ出ねぇと遅刻するんじゃねえのか?」 玄関でもたもたしてると、政宗が呆れたように言う。 時計をみると確かに出ないと遅刻、というか、今すぐ行っても間に合うかどうかといった時間。 「うわ、ヤバッ! じゃあ、行ってきます!」 ドアをバンッと閉め、バタバタと走り、大学に向かう。 一人暮らしを始めて、まさか「行ってきます」を言ったり「ただいま」という時がくるとは思わなかった。 くすぐったい気もするが、そんな今の状況を気に入っている。 「セ、セーフ?」 教室に駆け込んで、素早く友人達を見つけると席に着く。 かなりダッシュしたから、息が切れてしまった。 「おはよ。頑張ったね、でも、休講だってさ。掲示板に貼ってあったよ」 友人に言われ、周りを見渡せば、私と彼女達以外いない。 「うっそー……私のダッシュを返せー」 力が抜けて、机に突っ伏す。 折角必死で走って来たのに……。 「ま、そのお陰でに聞きたいこと聞けるしねー」 「は? 聞きたいこと?」 友人の含みのある言い方に、顔だけあげる。 「そ。噂の真相や如何に!!」 「ノーコメントは無しだからね。に拒否権はありません」 周りは目を煌めかせている。 「正直に答えてよ。、今男に貢いでるってホント?」 先ほどのノリとは裏腹の、少し心配だといった雰囲気を含んだ言葉。 だが、聞かれた内容に心当たりはない。 「いや、てか、私カレシいないんだけど……」 「だって、この間、男物の店で、服を買い込んでるのを見たって子がいるよ」 男物の店で、服を買い込んだ……。 「あー……」 心当たりはある。というか、その買い込んだ服は政宗が着てる。 私の服じゃ合わないし、あの格好のままじゃ外出られないから買ってきたんだ。 しかし、男物の服買っただけで、貢いでるって……。 「やっぱ、心当たりあるんだ!! じゃあ、噂はホントなわけ?」 「貢いでんじゃなくって、今うちに親戚着てるから服買って来いって頼まれたんだって」 「買ったの男物よね? ってことは、の部屋に男がいる、と。同棲?!」 「そういう関係じゃないって、同居よ同居」 私が否定しても、周りは勝手に盛り上がって収まらない。 中には、「私のが穢されたー!!!」と言って抱きついてくる子もいる。 だから、穢されてないから。 「で、正直な話、一緒にいて、そういう感情湧かないの?」 周りの騒ぎを横目に、一番仲のいい子が聞く。 そういう感情。つまりは恋愛感情だろうが、一向に湧いてない。そもそも政宗は…………。 「有り得ない。そのうち居なくなるんだし、アイツ」 そう、政宗はいづれ、元の時代に戻る。彼自身がそれを望んでいるし、ここにいつまでも居るわけにも行かないだろう。 たまに、遠くを見ていることも知ってるし、部下達がどうしてるだろうか、と呟いているのも知ってる。 「がいいならいいけどね。うちらがとやかく言うことでもないし。でも、何かあれば言ってよ、愚痴くらいは聞いてあげるから」 政宗がいなくなったからと言って、落ち込むことはないだろうが、友人の気遣いに「うん」とだけ返した。 中編へ 戻る 卯月 静 (08/02/02) |