時を越えて…… 中編





 目が覚めると、一瞬どこに居るのか分からず、戸惑った。
 だが、頭がはっきりしてくると、俺が今どこにいるのか思い出した。
 俺の生きた時代ではない時代。どういった原因があるのか知らないが、俺は遥か先の世に飛ばされていた。
 この部屋にも慣れてきたな、と苦笑しつつ、起き上がり、ベッドで寝ているを見る。
 何も警戒もせず、熟睡している。
 平和な世しか知らないという者と、現実に会うことがあるとは思わなかった。
 彼女のお陰で助かっている。まだ、学生という学問を学ぶ身だから、お殿様が食べたような豪華な食事は出せないけど、と言っていたが、ここの食事はどれも俺の時代には無かった物ばかりだ。
 の寝顔を見つつ苦笑した。
 どうして、ここまで安心しきれるのか。この狭い部屋で男と一緒にいるというのに、何も疑っていない。
 もちろん手を出すつもりは無い。彼女は俺の恩人なのだから、恩を仇で返すようなことはしない。
 だが。

「これは警戒心がなさ過ぎじゃねえか……」

 彼女の寝巻きは少し肌蹴て、日に焼けていない肌を覗かせている。
 これは襲われても文句は言えねえだろう、と呆れた。
 不意に、の驚く顔が見たいと思って、俺は彼女を起さないように、そっと彼女の隣に潜り込んで、腕を回した。
 目が覚めたらきっと驚くだろう。
 それを想像しつつ。俺は再び目を閉じた。




「ったく。まだ拗ねてんのか?」
「当たり前じゃん!」

 予想通り、は目が覚めると、驚いていた。
 しかも、俺が「Good morning, honey」と言えば、バチーンッと叩かれた。
 未だに頬がヒリヒリしてるので、タオルを水に濡らし、当てる。

「……それ……痛かった……?」

 はチロッと俺を見て、聞いて来た。
 俺が悪いっつーことくらい分かっている。

「心配する程じゃねえよ。もう赤くなってねえし」

 言って、タオルを外して、頬を見せれば、はそっと触れて来た。
 何でもない動作なのに、ドキッとした。
 さっきのはなんだ?
 不思議に思いつつも、にされるがまま。

「赤くはなってないから、出かけても大丈夫だね」
「どっか行くのか? いつごろ戻るんだ?」
「買い物でもしようかと。今日は政宗もね」
「は?」

 予想もしてなかったの言葉に、間抜けな声を出してしまった。
 近所の店くらいなら、眼帯でも特に何も見られないが、買い物と言ったのだから、遠出するのだろう。
 俺は人に見られるのは慣れているだろが、はどうだろうか? 眼帯をしてると大体のヤツは見てくる。だが、これを外すことは出来ない。

「いや、俺は……」
「眼帯で外は目立つもんね。だからね……」

 は押入れを開け何かを探している。

「はい。これだったら眼帯の変わりにならない?」

 渡されたのは、黒の眼鏡。

「そのサングラスなら、外側から、目の中は見れないから、眼帯の変わりになるかと……」

 確かに、これなら問題はないかもしれない。
 から受け取って、Bath roomでサングラスをかける。これをかけ前髪を目にかからせるようにすれば、相手から目は全く分からない。

「これ使わせてもらうぜ。ほら、さっさと準備しろ。出かけるんだろ?」

「うん! ちょっと待ってて!!」

 は嬉しそうに、準備をしている。その姿を見て、俺も穏やかな気分になった。
 の準備が出来ると、街中へ来た。そこには、見たこともないような物がおいている店ばかりがあった。

「で、どこに行くんだってオイっ!」

 思ったよりも人が多く、が流されそうになってたから、手を掴んだ。

「大丈夫か?」
「う、うん。予想以上に人が多い……」

 掴んでいる手が熱くなる。気のせいかの顔が赤い。
 掴んだ手を殆ど放さないまま買い物を続けた。
 二着服を持ってきて、どちらがいいか、俺に聞いてみたり、そのあとまた悩んだりと結構長い時間いた。
 帰りも手は繋いだまま。どうしてだか、ずっとこのまま手を繋いだままで居たいと感じた。




「ふ〜さっぱりしたー」

 が風呂から出てきた。濡れた髪と暑さで上気した頬のが首をかしげ、俺を見てくる。
 今まで一回も、そんなことはなかったのに、心がざわついた。

「じゃあ、湯貰うぜ」

 冷静を装って、風呂に入る。
 最近の俺は可笑しい時がある。
 に手を出すつもりは無かったのに、の一挙一動に反応してしまう。
 俺は、雑念を流すかのように、思いっきり水を被った。

「政宗、そこ座って、髪乾かしてあげる」

 出るなり、そういわれ、の前に座る。は俺の髪にタオルとあて、拭く。
 タオルとドライヤーを交互に使う。
 が上手いのか、だからなのか、とても心地いい。
 少しの間、が大学の図書館で借りてきたという洋書に目を通す。
 きっと、ここには「伊達政宗」について書いてる本もあるのだろう。だが、俺は見る気はなかった。
 どんなことを書いてあっても、俺は天下を諦めるつもりは全くないのだ。
 がベッドにもぐりこむタイミングを見計らって、隣に潜る。狭いから、を抱きしめる形になっている。

「ちょっ!! 何で?!」
「いいじゃねえか。今更だろう。それともいやか?」

 慌てるをなだめ、やはり二人でねる。
 朝起きても、目の前に彼女がいるというのはとても幸せなことだと感じた。


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卯月 静 (08/02/05)