ザ・テンペスト
【 undercover operation : 前編】



 女性に一夜の夢を与えるホストクラブ。
 そこにはいた。だが、決して客としてではない。ホストとしてだ。
 だが、はれっきとした女性であり、通常ならホストとしてここで働くことはできないし、そもそもそんな気なんて起こらない。
 だが、彼女がここで、ホストとして働いているのは事実。

「『』ご指名ですぜィ」

 と呼ばれ、は振り向いた。
 そこに居たのは、真選組一番隊隊長、沖田総悟。彼もスーツを着ているのだが、顔がいいからか、もともと持った雰囲気のせいか、真選組の制服よりも似合っているような気がする。
 これで微笑まれたら、落ちる女は多いだろう。

「もう嫌だ……なんで、私が……」

 は周りに聞こえないようにごちる。
 彼女の今の格好は、長かった髪は短く、そして、沖田や他のホストたちと同じようにスーツだ。
 普通ならバレるはずなのに、何故だかバレない。
 もともとは兄であるに似ている。中性的な顔立ちをしてはいるが、あの髪の長さや、普段の振る舞いが年齢よりも幼くそして、女の子の雰囲気を出しているのだ。
 髪を短くし、黙っていれば、まだ男に成長しきっていない、未発達の少年でもなんとか通る。というか、通った。

「何言ってんでィ。まだまだ捜査は始まったばかりですぜィ」

 面白そうに笑いながら言う沖田をじとっと睨みつつ、溜息をつく。
 事の起こりは数日前…………。




「最近、少年を狙った誘拐が頻発しているらしい。それだけなら、真選組の仕事ではないが、それを実行した者が攘夷志士であるかもしれないとの情報が入った。そこでだ、囮捜査を開始することになった」

 隊士が全員集まった大広間で、近藤は、朗々と話す。
 近藤が今言った事件は、最近江戸で頻繁に起こっている、誘拐事件。
 被害者は皆少年。攘夷志士を取り締まるのが真選組の仕事だから、誘拐事件は管轄外なのだが、今回その誘拐事件に攘夷志士が関わっているかもしれないという情報が、入ったのだ。
 待っているよりも、こちらから仕掛けた方が早いとのことで、囮捜査をすることになった。幸い、真選組は男所帯、被害者が少年なら、囮にも困らない。

「狙われた大半は、あるホストクラブのホストが多いらしい。そこで、2名ほどそこへ潜入してもらう」
「俺達の誰かがですかィ? 近藤さん、そりゃぁ監察の仕事じゃないんですかィ?」

 潜入し、情報を掴む、それは監察の仕事だ、だが、今回、ここに全隊士が集められているということは、隊士の誰かから選抜するということだ。

「狙われたのは、ホストだぞ、監察が目立つわけにはいかねえだろが。それに、狙われてるのはどいつも美少年らしいぞ」

 土方の意味ありげな言葉に、隊士の視線が沖田に集まる。
 性格は難有りだが、沖田は顔だけはいい。土方やも顔はいいが、彼らはもう少年という年齢ではない。

「何でィ?」

 隊士の視線に、沖田はうんざりといった顔をする。

「お前は決まりだな、総悟」
「別にいいですけどねィ。で、もう一人は誰にするんですかィ?」

 見渡してみるが、周りに美少年といえるような人物はいない。どいつもこいつも、ガタイのいい男ばかりだ。そもそも、沖田に近い年齢の者は少ない。

「あー。それなら、俺が対策打ってある」

 はニヤリと笑う。

「兄貴? 何の用?」

 が言ったあとで、が入ってきた。その瞬間隊士の視線はに移る。

「な、何?」
、お前今から、男な」
「はぁぁぁ?」




 問答無用で男装させられ、ホストいまで潜り込まされた。
 は真選組の隊士ではない。確かに、真選組で働いているが、彼女は真選組の女中だ。隊士は兄であるだ。
 それなのに、何故囮捜査などやらなければならないのだろうか。
 ホストの仕事は気を使うから、結構疲れるのだ。総悟はあのドSな性格で人気が出ているのではあるが。

「マジで指名?」
「俺とセットみたいですぜィ」

 総悟とならまだましか、とゆっくり、指名の入っているテーブルへ向かう。
 ここはホストクラブで来る客の殆どは女。女相手の接客は別に構わない。一緒にワイワイやっていればいいから、それほどのことではない。
 しかし、殆どが女ということは、男もくるのだ。
 そう、つまり、そっちの趣味の男だ。最初こそ笑顔だったが、ここに来る男客にはやはり、そういう趣味の人間が殆どで、話しているととてもいい気がしない。

「ホラ、笑顔笑顔」

 考え事をしていると、いつの間にかテーブルに着いたらしく、沖田に接客を促された。一応ホストとしてここにいるのだから、ここで下手打つわけにはいかないと、営業スマイルで挨拶する。

「ご指名ありがとうございます。……で……す……」

 が、目の前の人物達に挨拶の途中で固まった。
 客は女性でなく男性。それも、顔見知りのだ。

「へぇー、中々さまになってんじゃねーか」
「ホントにに似てるなぁー」
「兄妹だからな。ほら、接客しろよ、君」

 来ていたのは、土方、近藤そして、だった。沖田はテーブルに着いて直に気づいたらしく、既に座っている。
 に接客を促したのは、態とだろう。

「で、どうだ?」

 溜息をつきつつも、ソファーに座るなり、土方は尋ねてきた。

「今の所は、何も起きてないですぜ」
「でも、被害者の勤めてた店は全員違います。ここはまだ被害者は出てないみたいなので、皆少しは警戒してるみたいです」

 被害者の少年の店は、どれも人気のある店で、この店だけまだ被害者が居なかった。だから、この店に絞ってみたわけだが。

さん。指名です」

 話していると、ボーイが呼びにきた。指名が入ったのなら、そちらに行かなくてはいけない。

「じゃあ、俺は失礼します。総悟あと、よろしく」

 すっかり板についてきたなぁ〜とその場にいた面々は感心しながら見送った。 


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卯月 静 (08/07/15)