ザ・テンペスト
【 undercover operation : 中編】



 潜入調査をさせているとはいえ、は女の子。そして、囮ということは、危険も増える。
 その危険を極力減らすために、と沖田は必ず共に帰っていた。
 店側には、同居していることになってるから、別に何も言われない。アフターなんかをするホストもいるが、も沖田もそんなものはしないから、仕事の後は直に帰っていた。
 しかし、今日は中々の姿が見えない。

「何してんでィ」

 裏口で中々出てこないを、イライラしつつ沖田は待っていた。
 そこへ、キィとドアが開く。がやっと出てきたのかと思ったが、出てきたのは、ではなく、この店のオーナー。
 この店のオーナーは女性。しかも、中々の美女だ。

「あら、沖田クン。まだ残ってたのね」
「あー。知りませんか? ずっと待ってるんすけど」
クン? クンなら先に帰るって言ってたわ。ああ、沖田クンに伝えてって言われてたの忘れてたわ。ゴメンナサイね」
「先に?」
「ええ」
「そうですか、すみません」
「いいえ、沖田クンも早く帰った方がいいわ。最近は物騒だから」

 オーナーはそういうと、近くに止めてあった車に乗り込む。
 オーナーとすれ違う瞬間、何かの匂いが鼻を掠めた。だが、それは微かで、何の匂いだったのか、沖田には思い出せなかった。




「帰ってない?」
「ああ。まだ帰って来てねえし、連絡も入ってねえ」

 屯所に戻った沖田だったが、はまだ帰っていないと聞かされた。
 だが、沖田はは先に帰ったと聞いたのに……。

には、ぜってー総悟と帰って来いって、キツく言ったはずだから、一人で帰るなんてしないと思うんだけどなぁ」

 沖田の言葉に、は首を捻る。は無鉄砲なところがあるが、基本素直な娘で、兄であるが言い含めた言葉を簡単に破る子ではない。
 特に、今回の危険性はにだって分かっていたはずだ。だから、今まで、沖田と別々に帰ったことは時殆どない。の方が早く帰れる時だって一緒に帰っている。
 沖田と別々に帰ったのは、隊士の誰かが向かえに来たときだけだ。
 その瞬間、沖田達の頭に最悪の予想が過ぎった。

「……総悟、近藤さんに知らせて来い。、お前は今すぐ監察動かして、絞り込め」

 土方は言うなり、二人の行動は早かった。
 は囮捜査に行ったのだ。ならば、犯人に狙われていても不思議はない。
 が何故一人で帰るなんてしたか分からないが、こうも帰ってこないとなると、巻き込まれた可能性が高い。
 沖田から知らせを受け、近藤はすぐさま隊士を集めの捜索に当たらせた。

「クソッ」

 隊士達が屯所を出発するなか、沖田はドンッと壁を殴りつける。
 これは自分のミスだ。囮捜査だと分かっていながら、彼女を一人にした。自分がいれば、彼女を危険に晒すことはないと過信していた。

「総悟、後悔しても何も始まらねえ。それよりも、を探すのが先だ」

 分かってる。それは自分も分かっている。だが、自分の所為で彼女を危険に晒したのだ。冷静に居られるはずもなく、正当なことを言っている土方に当たる。

が居なくなったってーのに、随分冷静ですねー。さすが鬼の副長さんだ」

 その言葉に、土方は何も言わず、眉を寄せるだけだ。それが尚気に入らない。自分が餓鬼だと、そう言われているような気分になる。餓鬼だから、彼女をみすみす危険の中に晒したのだと。

を捜査に押したのは、俺だよ。総悟が責任を感じることはない」
さん……」

 背後から聞こえてきた声に、沖田は振り返る。
 そこには、珍しく隊服を着たの姿。

は見つける。そして、に危害を加えた奴らには地獄を見てもらう」

 ゾクリと、背筋に冷たいものが走った。殺気なんてものは、この仕事をしていれば、嫌というほど浴びる。だから、今更なはずだが、がああ言った瞬間、それだけで人が斬れそうな程の殺気を感じた。
 そこには、普段の明るく、軽い調子の彼はいなかった。

「総悟。責任感じてんなら、さっさと見つけてくれよ」

 もう彼はいつもの彼に戻っていた。
 呆気に取られていたが、直に頭を切り替える。ここで後悔していては、彼女が危ないのだ。
 歩き出した沖田の表情は、もう一番隊隊長の物だった。




 ひんやりとした感覚に目を覚ます。
 が目を覚ますと、そこは知らない部屋のベッドの上。
 必死に思い出すが、ホストクラブにいる時に急に眠気に襲われた。そこまでしか思い出せない。

「どうにかして、外に……」

 決していい状況じゃないと悟り、部屋を出ようとする。
 だが、足元からジャラという音が聞こえ、視線を向けると、両手首には、鎖で繋がれた手錠、足首は足枷、しかも、鎖はベッドの脚につながれていた。
 先ほどのひんやりとした感覚はこれなのだろう。
 ジャラリという音を出しながら、部屋の中を歩く。鎖は案外長く、ある程度は歩きまわれるようだ。しかし、扉に向かおうとしても、あと少しという所で鎖がピンッと張る。
 なら、窓はと言ってもそれも寸でのところで鎖が邪魔して届かない。
 どうやら、上手く計算されているようだ。その上、手錠の所為で、手も上手く動かせない。

「これつけたやつは、相当なSね。あー、いや、変態か」

 の独り言は、誰にも聞こえるはずもなく、ただ、部屋に響いた。


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卯月 静 (08/08/02)